1. 慢性心疾患
  2. 大分類: 乳児特発性僧帽弁腱索断裂
28

乳児特発性僧帽弁腱索断裂

にゅうじとくはつせいそうぼうべんけんさくだんれつ

Idiopathic Rupture of Chordae Tendineae of the Mitral Valve in Infants

告示

番号:76

疾病名:乳児特発性僧帽弁腱索断裂

概念・定義

本症は、生来健康な乳児に、数日の感冒様の前駆症状に引き続いて突然に僧帽弁の腱索が断裂し、発症と同時に急速に呼吸循環不全に陥る疾患である。生後4−6ヶ月に乳児に多く、春から夏にかけて好発し、報告例のほとんどが日本人乳児という特徴がある。断層心エコーにより早期に診断され、専門施設で適切な心臓外科治療がなされないと、急性左心不全により短期間に死に至る可能性がある。また外科手術により救命し得た場合も、機会弁置換術を余儀なくされる、遺残する僧帽弁閉鎖不全により心不全や不整脈を続発する、術前のショック状態により神経学的後遺症を残すなど、子どもたちの生涯にわたる遺残症や続発症をきたす。本疾患は国内外の小児科の教科書に未だ記載されておらず、多くの小児科医は本疾患の存在を十分に認識していないため、急性期だけでなく遠隔期の病態の実態を正確に把握するとともに、広く情報を小児科医や内科医に提供する必要がある。

病因

乳児の僧帽弁腱索が突然に断裂する直接的な原因は不明である。発症の引き金として、ウイルス感染、川崎病、母親由来の抗 SSA 抗体、僧帽弁の粘液様変成などがあり、これら感染症や免疫学的異常が僧帽弁腱索断裂の引き金になると考えられるが、病因の詳細は不明である。

疫学

厚生労働省研究班による全国調査結果によると (Shiraishi et al., Circulation 2014;130:1053-61.)、1995年から2013年までの間に全国で95例の発症の報告があり、男女比 は52:43であった。95例中94例(99%)が1歳以下の乳児で、中でも生後4-6ヶ月の乳児が81例と全体 の85%を占めていた。患児の生下時体重は2.96kg(中央値)、発症時の体重は6.83 kg(中央値)であり、生下時から発症時まで正常の発達と発育を示していた。男女比は、52:43でやや男児の多く(55%)、発症季節別は、春から夏の頻度が高かった(66%)。基礎疾患としては、川崎病回復期および遠隔期が10例(11%)、抗SSA抗体は調べた12例中2例において陽性であった。

臨床症状

生後4-6カ月の乳児に、2-3日の発熱、咳嗽、嘔吐などの感冒様の前駆症状に続いて、突然に僧帽弁の腱索が断裂する。重度の僧帽弁閉鎖不全により、心拍出量の低下および著しい肺うっ血をきたし、短時間に多呼吸、陥没呼吸、顔面および全身蒼白、頻脈などのショック状態に陥る。通常、胸骨左縁第3肋間から心尖部にかけて収縮期逆流性心雑音が聴取される。生下時から心雑音の指摘のない乳児が、心雑音の聴取とともに急速に呼吸循環不全に陥った場合、本疾患を疑う。ただし急性左心不全による肺水腫のため、肺野全体に湿性ラ音が聴取されて心雑音が聴取されにくく、肺炎と初期診断されてしまう場合があるので注意を要する。

検査所見

 血液生化学所見では、急性循環不全によるショックから白血球数は中等度の増加(中央値15,440/uL)がみられるが、一般にCRPは軽度の上昇に留まる(中央値1.60mg/dL)。トランスアミナーゼ値は、心不全の強い症例では上昇するが、多くは正常範囲で(AST, ALT中央値44, 21(IU/L))、心筋逸脱酵素、とくにCPK-MBや心筋トロポニンTの上昇は見られない。ほとんどの症例でBNP値は高度に上昇する(中央値1,450pg/mL)。
 胸部X線所見では、急速に心不全が進行するため、心拡大は軽度(心胸郭比中央値56%)にとどまることが多く、多くの症例(75%)において両肺野にうっ血像が認められる。胸部X線所見でも肺炎と見間違われることが多い。確定診断は、断層心エコー検査により行われる。断層画像において、僧帽弁尖の高度な逸脱および翻転、腱索の断裂および遊離を確認し、ドプラー断層において大量の僧帽弁逆流シグナルを確認する。僧帽弁閉鎖不全の程度は、高度70例(73%)、中等度22例(23%)、軽度4例(4%)であった。しかし、急性心不全のために断層心エコーにおいても左室腔の拡大は明らかでなく、左室短縮率は僧帽弁閉鎖不全のため増加する(中央値0.41)。腱索の断裂は、僧帽弁前尖が28例、後尖の断裂が33例、両者の断裂が22例に認められた。まれに三尖弁の腱索断裂を伴う症例も存在し(6例)、心不全が重篤化する。
 腱索の病理組織所見(21例)では、単核球を主体とする心内膜下の炎症細胞浸潤が18例(64%)に認められた。多核白血球の浸潤はごく少数のみ認められた。断裂部位は線維性組織で置換され瘢痕化していた。粘液様変成が11例(39%)に認められた。

診断の際の留意点

 患者だけでなく一般小児科医にも本疾患の認識度が低いこと、前駆的な感冒様症状、肺野でのラ音聴取、胸部X線所見で心拡大が乏しいなどの所見から、急性肺炎と初期診断されることが多い。その結果、断層心エコーを実施するのが遅れて、集中治療や専門施設への患者搬送が遅れることがあるので、十分に注意を要する。
 生下時から健康で心雑音の指摘のない乳児が、突然の心雑音の聴取とともに急速に呼吸循環不全に陥った場合、本疾患を疑うことが必要である。

治療

1) 保険診療内で行える治療

急性期の治療:
 断層心エコーにより診断がつき次第、可及的に乳児の集中治療及び開心術が行える小児循環器専門施設に紹介する。必要な治療としては、まず呼吸循環動態の改善に努める。全身蒼白のショック状態で呼吸困難が強い場合には、鎮静下に気管内挿管による人工呼吸管理を行い、動脈ラインおよび中心静脈ラインの確保による集中治療管理を開始し、アシドーシスの補正、強心薬の持続静脈投与、利尿薬の静脈内投与により、左心不全および肺うっ血の改善を試みる。これらの内科的治療によっても呼吸管理および循環動態が維持できない場合は、時期を逃さず外科手術に踏み切る。
 手術は一般にゴアテックス糸による人工腱索を用いた僧帽弁腱索形成術を行う。僧帽弁輪が拡大した症例では弁輪縫縮術も併用する。ただし複数の腱索が広範囲に断裂し、人工腱索だけでは修復不可能と判断される場合、機械弁置換術を行う。生後4~6ヶ月の乳児では、通常16mmの機械弁を挿入する。一部の症例では、腱索修復術後も次々と新たな腱索が断裂することがあるので、術後も注意深い観察を必要とする。

遠隔期の治療:
 僧帽弁閉鎖不全の遺残に対しては、利尿薬やACE阻害薬を投与する。高度な心不全を伴う場合は、これらの薬剤に加えてβ遮断薬の投与を考慮する。合併する不整脈に対しては、不整脈の起源と性質に基づいた抗不整脈薬を選択して治療を行う。それらの薬剤治療に抵抗する場合、適応と安全性を十分に考慮した上で、カテーテルによるアブレーション治療を行う。
 機械弁を挿入した場合、ワーファリンによる血液凝固のコントロールが生涯にわたり必要となる。生後4-6ヶ月の乳児に挿入できる機械弁は16mmであり、体格の成長に伴い、8歳から10歳頃に再弁置換術が必要となる。また女児では、成人期に達すると妊娠と出産が問題となる。母体の血栓弁や胎児の臓器形成への影響が懸念されるため、妊娠と出産は基本的に避けるべきとされ、思春期には妊娠に関するカウンセリングが必要となる。もし妊娠した際には、全妊娠期間を通じて母体の凝固能および心機能、胎児の発育に対する厳重な管理が必要となる。

2)保険適応外の治療:
本疾患においては、保険適応外の治療は特にない。

合併症

急性期の合併症:
急性心不全、循環不全、呼吸不全、肺うっ血、肺高血圧、腎機能障害、乏尿、肝機能障害をきたす。最重症例では無尿、急性腎不全、急性肝不全、DIC、低酸素性脳症を合併する。全国調査での死亡例は8例(8.4%)で、いずれも急性期の死亡で、6例が手術前、2例が初回手術後であった。

遠隔期の合併症:
中等度以上の僧帽弁閉鎖不全遺残(4例、4.2%)、慢性心不全(3例、3.2%)、中等度以上の精神発達障害は10例(11%)、8例(8.4%)に遠隔期の不整脈(心房粗動3例、上室性頻拍2例、完全房室ブロックによるペーシメーカー挿入3例、)が認められた。

予後

今回の調査では、外科治療は、最終的に腱索形成もしくは弁輪縫縮が52例(55%)、機械弁置換が26例(27%)に行われた。死亡例は8例(8.4%)であった。中枢神経系後遺症は10例(11%)認められた。全体では35例(40%)が何らかの有意な後遺症/続発症を残しており、生来健全な乳児に突然発症する急性疾患としては、本疾患の罹病率は極めて高いと考えるべきである。

成人期以降の注意点

最初の報告が1990年代の半ばであることもあり、成人期以降の長期予後に関するデータは存在しない。これまでのところ、繰り返し機械弁の置換を余儀なくされる症例、慢性心不全により利尿薬やACE阻害薬などの抗心不全薬の内服を継続している症例、難治性の不整脈で複数の薬剤治療を継続している症例、急性期のショック症状により中等度から高度の発達障害(自閉症スペクトラム、高度の脳性麻痺)をきたした症例などが経験されている。現在これらの多くの患者は、学童から思春期に到達しようとしている。

参考文献

  • 1) Shiraishi I, Nishimura K, Sakaguchi H, Abe T, Kitano M, Kurosaki K, Kato H, Nakanishi T, Yamagishi H, Sagawa K, Ikeda Y, Morisaki T, Hoashi T, Kagisaki K, Ichikawa H. Acute rupture of chordae tendineae of the mitral valve in infants: a nationwide survey in Japan exploring a new syndrome. Circulation. 2014;130:1053-61.
  • 2) 白石 公. 乳児特発性僧帽弁腱索断裂. 小児内科2014;46(suppl):259-262.
  • 3) 白石 公, 坂口平馬, 北野正尚, 黒嵜健一, 池田善彦, 帆足孝也, 鍵崎康治, 市川肇. 乳児特発性僧帽弁腱索断裂. 循環器病研究の進歩. 協和企画 2013. p52-57.
  • 4) Torigoe T, Sakaguchi H, Kitano M, Kurosaki K, Shiraishi I, Kagizaki K, Ichikawa H, Yagihara T. Clinical characteristics of acute mitral regurgitation due to ruptured chordae tendineae in infancy-experience at a single institution. Eur J Pediatr. 2012;171:259-65.
  • 5) Asakai H, Kaneko Y, Kaneko M, Misaki Y, Achiwa I, Hirata Y, Kato H. Acute progressive mitral regurgitation resulting from chordal rupture in infants. Pediatr Cardiol. 2011;32:634-8.
:バージョン1.0
更新日
:2017年12月1日
文責
:日本小児循環器学会