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多発性硬化症

たはつせいこうかしょう

multiple sclerosis

告示

番号:59

疾病名:多発性硬化症

概念・定義

多発性硬化症multiple sclerosis(MS)は中枢神経系の慢性炎症性脱髄疾患であり、時間的・空間的に病変が多発するのが特徴である。通常、詳細な病歴聴取や経時的な神経学的診察により時間的・空間的な病変の多発性を証明し、他の疾患を否定することで診断が確定する。しかしMRIを撮像すると、実際には症状を出した病巣の何倍もの数の炎症性脱髄病巣が中枢神経組織に出現していることが知られている。この点を踏まえて改訂された2010年版McDonald診断基準では、MRI所見が重視され、さらに造影MRIを用いることで1回の検査でも診断が可能なほどに簡便で有用なものとなっている。ただし、本診断基準は、脱髄疾患であることがほぼ確実な症例について、なるべく早期にMSとしての確定診断を行なうために作成されたものであるため、
十分に他疾患を除外する作業が不可欠であることは、従来と変わりがない。 ところで、主として視神経と脊髄に由来する症候を呈する患者は、従来、視神経脊髄型MS(opticospinal MS:OSMS)と呼ばれていたが、その中には視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)病態を有する患者が含まれている。NMOは、元来、視神経と脊髄を比較的短期間に強く障害する炎症性の病態を背景にした、再発しない疾患として知られていたが、近年再発性の病態が一般的であることが明らかにされ、血清中に存在する抗アクアポリン4(AQP4)抗体の病態形成への関与が解明されつつある。一方、欧米人に多く、視神経や脊髄のみならず大脳や小脳に病変が多発するMSは通常型MS(conventional MS:CMS)と呼ばれる。

疫学

欧米では若年成人を侵す神経疾患の中で最も多い疾患であり、北ヨーロッパでは人口10万人に50人から100人程度の有病率である。わが国では、10万人あたり1~5人程度とされていたが、最近の各地での疫学調査や2004年の全国臨床疫学調査などによれば、国内に約12,000人のMS患者がおり、人口10万人あたり8~9人程度と推定されている。平均発病年齢は30歳前後である。15歳以下の小児に発病することは稀ではないが、5歳未満では稀である。また、60歳以上で発病することも稀である。MSは女性に多く、男女比は1:2~3程度である。
MSは若年成人を侵し再発寛解を繰り返して経過が長期にわたること、視神経や脊髄に比較的強い障害が残りADLが著しく低下する症例が少なからず存在するため、厚生労働省特定疾患に指定されている

病因

MSの原因はいまだ明らかではないが、病巣にリンパ球やマクロファージの浸潤があり、自己免疫機序を介した炎症により脱髄が起こると考えられる。 MSは白人に最も多く、アジア人種では比較的少なく、アフリカの原住民ではさらに稀であることから、遺伝子の関与が大きいことは明白である。しかし、日本人やアフリカ原住民でも、有病率の高い地域に移住した場合、その発病頻度が高くなることが知られており、環境因子の関与も大きいと推定される。免疫応答に関与するHLAクラスII抗原などの遺伝的素因、高緯度による活性化ビタミンD不足などの環境的要因、EBウイルスなどの感染因子に対する曝露、さらには喫煙といった生活習慣などの様々な要因が、分子相同性などの機序を介して、最終的に中枢神経系ミエリン構成蛋白に対する自己免疫状態を惹起していると推定されている。
MSの動物モデルとされる実験的自己免疫性脳脊髄炎の結果から、ミエリン構成蛋白に対する細胞性免疫のTh1型応答への偏倚がヒトMSでも重要な病因であると考えられていたが、近年、 IL-17を産生するTh17の関与が注目されている。また、抗AQP4抗体の存在が、NMO病態に関与していることが明らかにされつつある

発症様式

MSの大部分は急性発症し、再発・寛解を示すが、数パーセントは徐々に発病し最初から進行性の経過をとる(一次性進行型MS)。また初期には再発・寛解を示す症例でも、後に進行性の経過に転ずるものが見られる(二次性進行型MS)。発病や再発の誘因として一定のものはないが、感染症、過労、ストレス、出産後などに比較的多くみられる

臨床症状

MSに特異的な初発症状はないが、視力障害が比較的多く、球後視神経炎の20%位は多発性硬化症に発展する。MSの全経過中にみられる主たる症状は視力障害、複視、小脳失調、四肢の麻痺(単麻痺、対麻痺、片麻痺)、感覚障害、膀胱直腸障害、歩行障害等であり、病変部位によって異なる。 MSの病変は脳室周囲に接して好発し、MRI T2強調画像やFLAIR画像でとらえることができるが、これらの病変は臨床症状を示さないことが多い。これに対し、テント下病変は小脳症状や脳幹部の症状を示すことが多く、小脳症状としては躯幹失調、四肢の運動失調、企図振戦を特徴とする。脳幹部の症状としては各種脳神経麻痺、眼球運動障害などが多く、両側性の内側縦束(MLF)症候群は診断的価値がある。延髄の病変では難治性のしゃっくりや呼吸障害を起こすことがあり、特に後者では緊急の処置を必要とする場合がある。延髄背内側や第3および第4脳室周囲の病変は、NMOで認められやすいことが知られている。 視神経障害では視力の低下、視野の異常、特に視野の中心部が見えにくくなる中心暗点が特徴であり、眼球運動時の痛みを訴えることもある。我が国のMSでは時に重篤な視力障害と横断性脊髄炎の症状、すなわち対麻痺と明瞭なレベルを示す感覚障害、その部位の帯状の締め付け感を示すものがある。このような症例は従来視神経脊髄型MS(opticospinal MS:OSMS)に分類されてきた。しかし、近年の研究の結果、これらの症例の中には再発性NMO患者が含まれ、3椎体以上にわたる脊髄長大病変を有し、血清の抗AQP4抗体が陽性である場合には、NMO確実例であると診断することができる。なお、両側性の視神経炎や、水平性の視野障害を呈する視神経炎はNMOの特徴とされている。 脊髄障害の回復期に有痛性強直性痙攣を示すことがある。これは自動的あるいは他動的に足を曲げたりする刺激が発作を誘発し、痛みやしびれを伴って一側あるいは両側の下肢が強直発作を示すもので、リハビリに際し四肢を他動的あるいは自動的に動かすことが刺激となって誘発されることがある。発作は数十秒以内におさまる。神経因性膀胱もMSでは多く見られる所見で、脊髄障害の初期には麻痺性膀胱による尿閉を起こすことがあり、しばしば導尿を要する。回復期には無抑制性膀胱となり、頻尿と排尿困難あるいは失禁を訴える。このほかMSに特徴的な症状としてUhthoff(ウートフ)徴候がある。これは体温の上昇に伴って神経症状が悪化し、体温の低下により元に戻るものである。例えば入浴や炎天下の外出により視力が一過性に悪化したり、四肢の筋力が低下したりするなどである。これは脱髄により神経伝導が低下している条件下で、体温上昇によりKチャンネルが開いて伝導効率がさらに低下することに起因する。風呂やリハビリの部屋の温度はあまり高くしないよう推奨されている

検査

一般血液検査、尿、便には合併症がない限り異常はない。髄液は脱髄病巣の炎症を反映し、種々の異常を示す。細胞数は急性期に軽度上昇することが多く、リンパ球が主体である。総蛋白も軽度上昇することが多いが、IgGの上昇の方が著しく、血清および髄液中のIgGとアルブミン値を用いて算出するIgG index(IgGcsf/IgGserum x ALBserum/ALBcsf)でみるとその異常をとらえやすい(正常値<0.7〜0.8)。多発性硬化症における髄液 IgGは血液中のものが流入したのではなく、髄液腔で産生されたものが主体である。しかもそのIgGはオリゴクローナルであり、電気泳動によりオリゴクローナルバンド(OCB)としてとらえることができる。髄鞘の崩壊を反映して、急性期患者の髄液ではミエリン塩基性蛋白(MBP)が上昇することがあるが、MSに特異的ではない。このほか炎症性サイトカイン・ケモカインの上昇が見られる。 脱髄による伝導の遅延は各種の誘発電位でとらえることができる。視覚誘発電位、体性感覚誘発電位、聴性脳幹反応、磁気誘発電位その他の検査法がある。 MSの脱髄斑はMRIのT1強調で等信号、T2強調画像で高信号域を示す。T1低信号領域は軸索障害の存在を示唆する。FLAIR画像では脳室は低信号に、病巣は高信号に描出されるので病変と脳室との区別をつけやすい。急性期の病巣はガドリニウムで造影増強される。病巣は脳室に接して見られるのがMSの特徴であり、通常円形又は楕円形をしている。楕円形の病巣の長軸は脳室に対し、垂直であるのが特徴である。これをovoid lesionと呼ぶ。NMO病態では、大部分の症例で血清中に抗AQP4抗体が検出され、脊髄MRIでは急性期に3椎体以上の長さに渡ってT2高信号を呈する脊髄長大病変を認めることが多い。また、頭部MRIでは視床下部、中脳水道周囲、延髄背内側や第3・第4脳室周囲に病変を認めることがある

治療

MSの治療は急性憎悪期の治療、再発防止及び進行防止の治療、急性期及び慢性期の対症療法、リハビリテーションからなる。 MSの急性期には、できるだけ早くメチルプレドニゾロンなどのステロイド大量点滴静注療法(パルス療法と呼ぶ)を行なうことが推奨される。これは、同薬を500mgから1000mg、2~3時間かけて点滴静注するもので、毎日1回、3~5日間連続して行う。パルス療法後の経口ステロイド薬による後療法を行う場合は、投与が長期にわたらぬよう2週間程度で漸減中止することが望ましい。一回のパルス療法では症状の改善が乏しいときは、数日おいてパルス療法をさらに1~2クール追加したり、血液浄化療法を行うことを考慮する。特にNMO病態を有する患者では、1クール目のパルス療法が奏功しない場合には、早期に血液浄化療法を施行することが予後改善につながる。 MSの再発を確実に防止する方法はまだないが、本邦で認可されている再発予防薬としてインターフェロンβ注射薬(ベタフェロンおよびアボネックス)がある。本治療により臨床的な再発が平均30%程度減少する。また、2011年9月、フィンゴリモド(イムセラ/ジレニア)内服薬が承認された。さらに、2014年3月、α4インテグリンに対するモノクローナル抗体点滴静注製剤で、活動性の高いMS患者に適応のあるナタリズマブ(タイサブリ)の製造販売が承認された。他の再発予防法として、MSの再発を促進する因子として知られるストレス、過労、感染症などを回避するよう患者の指導に努めることも重要である。なお、NMO病態を有する場合には、インターフェロンβの効果については議論があり、重篤な副作用が出現した症例も報告されていることから、再発予防にはステロイド薬内服(例としてプレドニゾロン5~20mg/日)か免疫抑制薬(例としてアザチオプリン50mg~150mg/日)もしくはその併用が勧められることが多い。さらにフィンゴリモドは、NMO病態を有する患者に重篤な再発を引き起こす可能性があるので、使用すべきではない。 進行性の多発性硬化症に対してはシクロホスファミドのパルス療法が試みられ、有効であったとの報告がある。シクロホスファミドは強い免疫抑制剤であり、白血球減少、脱毛その他の副作用が強く、厳重な監視下に行われるべきである。欧米においては疾患活動性の極めて高い患者にミトキサントロンを使用することがあるが、日本においては保険適応外である。 多発性硬化症の急性期、慢性期には種々の対症療法が必要となる。痙縮、神経因性膀胱、有痛性強直性痙攣などがその対象となる。リハビリテーションは多発性硬化症の回復期から慢性期にかけての極めて重要な治療法である

:バージョン1.0
更新日
:2014年10月1日
文責
:日本小児神経学会