疾患概念
赤血球酵素異常症は、赤血球機能を維持する上で重要な解糖系、ペントースリン酸回路、グルタチオン代謝・合成系、ならびにヌクレオチド代謝に関連した酵素の異常による。わが国の先天性溶血性貧血の原因で多く見られる赤血球酵素異常症では、解糖系酵素異常症としてピルビン酸キナーゼ(PK)異常症、グルコースリン酸イソメラーゼ(GPI)異常症、ペントースリン酸経路ではグルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PD)異常症、そしてヌクレオチド代謝系ではピリミジン-5'-ヌクレオチダーゼ(P5N)異常症の頻度が高い。
疫学
G6PD異常症は赤血球酵素異常の中で最も頻度が高い疾患で、世界で4億人以上がG6PD遺伝子異常を有するとされる。G6PD異常症はX連鎖性劣性遺伝によるため発症するのはほとんどがヘミ接合体異常の男性である。女性のヘテロ接合体変異は通常臨床症状を呈さない保因者である。保因者のG6PD活性はさまざまであり、約10%の女性発症例がある。アフリカ、地中海沿岸、東南アジアでの頻度は高いが、日本人の頻度は約0.1%である。最近では国際結婚の増加を反映して日本での発症数も増えている。
病因
現在までに17種の酵素異常症が遺伝子レベルで病因解明がなされている。多くはミスセンス変異であるが、ナンセンス変異、塩基欠失、塩基挿入や異常スプライジングもある。通常、一次構造が正常とは異なる変異酵素が産生され、酵素活性の低下や酵素分子の不安定性により赤血球代謝を障害して溶血をきたす。G6PD異常症では、NADPHの産生障害、更にはグルタチオンの還元に障害を来しており、赤血球が酸化ストレスに曝されると、ヘモグロビンは酸化・ストレスによりHeinz小体を形成し、このような赤血球は網内系において溶血に至る。
臨床症状
貧血の程度は異常酵素の性質により様々である。一般に、貧血・黄疸は幼・小児期に気付かれ、その程度は遺伝性球状赤血球症より重症である。G6PD異常症では慢性溶血や重症の新生児黄疸を認める例もあるが、一般的に酸化的ストレスによる急性溶血発作が特徴的である。誘因として、薬剤、感染、手術、ソラマメなどが知られている。薬剤では抗マラリア薬、サルファ剤、スルホン剤、解熱鎮痛薬などが報告されているが、最近ではインターフェロンでの発症例も増えており注意が必要である。年齢、体格、遺伝的素因による薬剤代謝の個体差もある。感染などを契機に溶血発作(hemolytic crisis)やヒトパルボウイルスB19感染などによる無形成発作(aplastic crisis)をおこすことがある。
治療
G6PD異常症では、まず溶血発作を惹起するリスクを避け、急性溶血発作をできる限り予防する。急性溶血発作を生じた場合には、十分な補液を行い遊離ヘモグロビンの尿中への排泄を防ぎ、急性腎不全に至ることを阻止する。脾摘は溶血発作の予防にはならず、慢性溶血は代償されていることが多く重症貧血に至らないことより適応にならない。慢性溶血例では、代償性赤血球造血のため葉酸の補充療法を行う。
予後
一般に生命予後は良い。
成人期以降の注意点
伴性遺伝であり、問題となるのは特に男性。感染、薬剤、食物(ソラマメ)による急性溶血発作以外は通常は無症状。慢性溶血性貧血を呈する患者には脾摘が有効であるが、急性溶血発作のリスクは軽減しないため、適応は輸血依存例に限られる。
参考文献
- 藤井 寿一:赤血球膜異常症. 三輪血液病学(第3版),p1135-1139, 文光堂, 2006.
- 別冊日本臨床 血液症候群(第2版) 2013
- UpToDate® http://www.uptodate.com/contents/overview of hemolytic anemias in children/
- 版
- :バージョン1.0
- 更新日
- :2014年10月1日
- 文責
- :日本小児血液・がん学会