概要・定義
ピルビン酸脱水素酵素複合体(PDHC)はミトコンドリア内に存在し、嫌気性解糖系でブドウ糖から産生されたピルビン酸をアセチル-CoAに変換してTCA回路に送り込む、エネルギー産生のために非常に大切な酵素複合体である(図1)1)。従って本欠損症ではアセチル-CoA不足によりTCAサイクルが回らなくなり、その結果ミトコンドリア内でのATP産生が低下し組織・臓器がエネルギー不足に陥る。さらに基質であるピルビン酸が蓄積し乳酸に転換される結果、乳酸アシドーシスが生ずる。つまり、エネルギー不足と乳酸アシドーシスによる組織障害が本症の病態である2)。
疫学
世界で400例あまりの報告がある2)。
病因
原因遺伝子としてPDHCの構成成分である、E1α(PDHA1), E1β(PDHB), E2(DLAT), E3(DLD), PDP1-2, PDK1-4, PDHX, (LIAS)の8種類が報告されている。このうち最も多いのはX連鎖遺伝形式を呈するE1α遺伝子異常症で、PDHC欠損症全体の6割近くを占める。
症状
臨床症状を形作るのはエネルギー産生不足と乳酸アシドーシスで、症状の重篤度により3病型に分類される。(1)重症新生児型:新生児期から乳児早期に、多呼吸、けいれん、意識障害、嘔吐、脳室拡大などの症状と重症高乳酸血症で発病し、いわゆる乳児致死型ミトコンドリア病(LIMD)の主たる病因の1つである。女児に多い。(2)乳幼児型:精神運動発達遅滞、けいれん、筋緊張低下、中枢神経奇形、顔貌異常などの症状と高乳酸血症で乳幼児期に発病する。画像上Leigh脳症を呈する患者も多い。(3)遅発型:軽い筋緊張低下、失調と高乳酸血症で幼児期から学童期に発病する。男児に多い。
診断
『診断の手引き』参照
治療
治療は急性期と慢性期に大別される。急性期の主対策は乳酸アシドーシスの是正で、糖質負荷は厳禁であり、乳酸を含まない輸液、アルカリ剤、呼吸・循環管理を行い、時には透析も必要となる。慢性期は乳酸の蓄積防止とエネルギー産生不足の解消であり、糖質は制限しPDHCを介さずにエネルギーを産生できる高ケトン食、高脂肪食が有効である。ビタミンB1の大量投与に反応する症例も軽症例には存在する。
成人期以降
基本的に予後不良な疾患であるが、B1反応例には予後良好で成人期に移行するものも存在する。
参考文献
1) Robinson BH. Lactic acidemia: Disorders of pyruvate carboxylase and pyruvate dehydrogenase. In: Scriber CR, et al (eds), The Metabolic and Molecular Bases of Inherited Disease, 8th ed, McGraw-Hill, NewYork, 2001; 2275-2295
2) 内藤悦雄.ピルビン酸脱水素酵素コンプレックス欠損症.別冊日本臨床 新領域別症候群シリーズ No.19 先天代謝異常症候群(第2版)上-病因・病態研究、診断・治療の進歩- 日本臨床社 大阪 2102; 428-438
- 版
- :バージョン2.0
- 更新日
- :2015年5月25日
- 文責
- :日本先天代謝異常学会