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ラスムッセン(Rasmussen)脳炎

らすむっせんのうえん

Rasmussen encephalitis

告示

番号:99

疾病名:ラスムッセン脳炎

概念・定義

Rasmussen(ラスムッセン)症候群は、1958年にRasmussenらが慢性限局性脳炎の病理像を呈する難治性焦点性てんかんの2症例を最初に報告したことに始まり、その後、主に小児期に発症し、持続性部分てんかん(epilepsia partialis continua: EPC)を含む一側性の焦点性てんかん発作、片麻痺などの進行性大脳皮質障害、進行性大脳皮質萎縮、慢性脳炎像などを認める症例群として確立した。国際抗てんかん連盟による、1989年分類では「小児の慢性進行性持続性部分てんかん」とされていたが、2010年新分類案では「Rasmussen症候群」とされている。

病因

いまだに明確になっていないが、3~5割程度に発症前の感染症罹患歴や予防接種歴があることからも、感染免疫学的な機序が推察されている。当初、AMPA型グルタミン酸受容体サブユニット(GluR3)やNMDA型グルタミン酸受容体サブユニット(GluRε2, NR2B)などへの自己抗体が血液中や髄液中より同定されたことから、「液性免疫異常説」が提唱されたが、これら自己抗体は他疾患においても同定されることから、病因や病態への関与は明確となっていない。最近、細胞障害性T細胞から放出されるグランザイムBによる星状細胞のアポトーシスが病態に関与していることなどが報告され、現在は「細胞性免疫異常説」が主流となっている。しかし、病変が一側半球にとどまり対側半球に波及しない機序など、いまだ不明な点が多い。

疫学

きわめてまれな脳炎であり、カナダ)やドイツの研究からは、18歳以下の罹患率は0.2~0.3/10万人/年程度と推定されている。本邦からは、2010年の全国調査で13施設から27症例が報告されている。

臨床症状

主に幼児期から小児期にかけて発症して急速に進行する型と、成人期に発症して緩徐に進行する型とに区分され、本邦の全国調査では、「小児期発症急速進行型」の発症年齢は生後2か月から9歳(平均4歳4か月)、「晩期発症緩徐進行型」の発症年齢は6歳から28歳(平均16歳)と報告されている。病期は「前駆期(第I期)」、「急性期(第II期)」、「後遺症期(第III期)」の3期に区分される。「前駆期」はてんかんの発症から片麻痺の出現までの期間であり、数か月間から十年間、平均2~3年程度である。てんかん発作は、一側性の焦点性発作あるいは二次性全般化発作であり、運動兆候をともなう単純部分発作、複雑部分発作、全般性強直間代発作、てんかん重積発作などで発症する。「急性期」は片麻痺の出現から神経障害の固定までの期間であり、数か月から10年間、平均3~4年間程度である。てんかん発作は頻回となり、半数程度にEPCを出現する。EPCは単純部分発作重積の一型であり、一側の上下肢、手指などに持続性のミオクローヌスあるいは間代として出現する。非進行性病変によるEPCと異なり、広範囲におよぶ病変により基底核を巻き込みヒョレア様、バリスム様にみえる場合もある。神経障害は、てんかん発作と同側の片麻痺、知的退行、半盲など、また、優位半球であれば失語も出現する。「後遺症期」は神経障害が固定したのちの期間であり、難治性てんかん、重度の片麻痺や知的障害などが残存する。

診断

2005年のヨーロッパ・コンセンサスの診断基準を参照する。Rasmussen脳炎は、A基準の全3項目もしくはB基準の3項目中2項目を満たすと診断され、まず、A基準を確認し、満たさなければ、B基準を確認する。  A基準は以下で構成される。 1. 臨床症状〔焦点性発作(EPCを伴う/伴わない)および一側性大脳皮質障害〕 2. 脳波所見〔てんかん性活動を伴う/伴わない一側半球徐波化および一側性発作起始〕 3. MRI所見〔一側半球性局在性大脳皮質萎縮および次のうち少なくとも一つ:①灰白質もしくは白質のT2/FLAIR高信号、②同側尾状核頭の高信号もしくは萎縮〕  B基準は以下で構成される。 1. 臨床症状〔EPCもしくは進行性一側性大脳皮質障害〕 2. MRI所見〔進行性一側半球性局在性大脳皮質萎縮〕 3. 病理所見〔活性化ミクログリア(必須ではないが典型的には結節を形成)および反応性アストログリオーシスを伴うT細胞優位脳炎像。多数の実質内のマクロファージ、B細胞、形質細胞、ウイルス封入体はRasmussen脳炎の診断から除外される〕  なお、「進行性」は、少なくとも連続2回の診察所見もしくはMRI検査において各々の基準を満たすことが必要である。「臨床的進行」を示すには、各々の診察所見に神経学的障害が含まれ、それが経過とともに増悪する必要がある。また、「進行性一側半球性萎縮」を示すには、各々のMRI所見が一側半球性萎縮を示し、時間とともに萎縮が進行する必要がある。  血液検査では、抗GluR3抗体などの自己抗体を認めることがあるが、本脳炎に特異的ではない。髄液検査では、単核球優位の軽度細胞数増多、軽度蛋白上昇、オリゴクローナルバンドを認めることがある。発症初期より髄液中のグランザイムBやインターフェロンγなどのバイオマーカーが高値とあることが、早期診断に有用であることが報告されている。 脳波検査では、発症早期より一側半球に局在性ないし半球性のてんかん性活動と持続性多形性徐波を認める。また、対側半球にも二次性にてんかん性活動や徐波の混入を認めることがある。 脳MRI検査では、発症早期より、T2強調画像や特にFLAIR画像において、罹患半球の皮質や白質に局在性の高信号病変を認めることがある。島回は高信号病変が出現しやすい。また、尾状核頭の萎縮を認めることもある。その後、徐々に萎縮が進行し高信号病変が増加する。長期に経過すると対側半球にも高信号病変を認めることがある。また、脳血流SPECT検査やFDG-PET検査では、罹患半球の血流低下や糖代謝低下を認める。 眼検査では、一部の患者で一側のブドウ膜炎を認めることがある。

治療

本脳炎の治療は、抗てんかん薬治療、免疫調整薬治療、外科治療に大別される。 抗てんかん薬治療は、各々のてんかん発作型により選択されるが、特定の抗てんかん薬がより有効であるとする報告はない。また、複雑部分発作や二次性全般化発作などに対してはそれなりに有効であるが、EPCに対してはほとんど無効である。 免疫調整薬治療には、ステロイドパルス療法、免疫グロブリン療法、タクロリムス療法などが選択されている。タクロリムス療法と免疫グロブリン療法との無作為化試験では、両者ともに大脳半球萎縮の進行抑制に対して有効であり、かつ、両者の大脳半球萎縮および運動機能障害の進行抑制に対する有効性に差異がないことが報告されている。また、てんかん発作の減少および知能指数の維持が、ステロイドパルス療法、タクロリムス療法、免疫グロブリン療法の順に有効であったことから、早期診断後のステロイドパルス療法とその後のタクロリムス療法が提唱されている。 外科治療では、機能的半球切除術(半球離断術)が有効であり、7割前後で発作が完全に抑制される。しかし、機能的半球切除術により、手指微細運動の喪失をともなう痙性片麻痺や半盲が出現するため、最適な実施時期については議論がある。また、優位半球では失語が出現するため、言語領野が固定していない幼児期を除いては手術が困難である。  よって、本脳炎においては、早期に診断を確定して免疫治療を開始することにより、神経障害の進行を可能な限り抑制することが重要である。また、神経障害の固定後に非優位半球に対しては機能的半球切除術が選択されるが、年齢、てんかん発作、健側半球への影響の程度によっては、より早期の機能的半球切除術も考慮されうる。

予後

大多数の患者で、重篤な片麻痺、知的障害、半盲、てんかん、また、優位半球であれば失語が残存する。
:バージョン1.0
更新日
:2014年10月1日
文責
:日本小児神経学会