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脊髄小脳変性症

せきずいしょうのうへんせいしょう

spinocerebellar degeneration; SCD

告示

番号:36

疾病名:脊髄小脳変性症

概念・定義

脊髄小脳変性症とは、運動失調を主症状とし、原因が、感染症、中毒、腫瘍、栄養素の欠乏、奇形、血管障害、自己免疫性疾患等によらない疾患の総称である。 臨床的には小脳性の運動失調症状を主体とする。遺伝性と孤発性に大別され、何れも小脳症状のみがめだつもの(純粋小脳型)と、小脳以外の病変、症状が目立つ物(非純粋小脳型)に大別される。劣性遺伝性の一部で後索性の運動失調症状を示すものがある。

疫学

全国で約3万人の患者がいると推定される。その2/3が孤発性、1/3が遺伝性である。遺伝性の中ではMachado-Joseph病(MJD/SCA3)、SCA6、SCA31、DRPLAの頻度が高い。その他、SCA1、2、7、8、14、15等が知られている。(下図 平成15年 日本神経学会総会 本邦に於ける脊髄小脳変性症のpopulation based 前向き臨床研究による自然歴の把握 運動失調に関する調査及び病態機序に関する研究班 研究代表者 辻省次 より)。 下に示す遺伝性SCDの内訳はSCA31の遺伝子が同定される以前の物で、遺伝性の「その他」の多くはSCA31と考えられる。しかし、まだ原因遺伝子が未同定の遺伝性SCAが10~20%内外存在すると考えられる。劣性遺伝性の脊髄小脳変性症は本邦では少ない。その中では“眼球運動失行と低アルブミン血症を伴う早発性運動失調症(EAOH/AOA1)の頻度が比較的高い。小児発症型の劣性遺伝性では純粋小脳型を示すことは少なく、他の随伴症状を伴うことが多い。欧米ではこの範疇に入る疾患としてフルードライヒ失調症の頻度が高く有名であるが、本邦では本疾患の患者さんはいらっしゃらない。本邦でフリードライヒ失調症と考えられていたものの多くはEAOH/AOA1と考えられている。一方、成人発症例の劣性遺伝性では純粋小脳型を示す例がある。 わが国における脊髄小脳変性症の疫学 AD-SCDの地域分布(n=2,823)

病因

孤発性のものの大多数は多系統萎縮症であり、その詳細は多系統萎縮症の項目を参照されたい。一部小脳症状に限局した小脳皮質萎縮症がある。アルコール多飲や、腫瘍に伴って失調症状を示すことがある。若年者で一過性の小脳炎の存在も知られている。 遺伝性の場合は、多くは優性遺伝性である。一部劣性遺伝性、母系遺伝性、希にX染色体遺伝性の物が存在する。 優性遺伝性のSCA1、2、3、6、7、17、DRPLAでは、原因遺伝子の中のCAGという3塩基の繰り返し配列が増大することによりおこる。本症の遺伝子診断は、この繰り返し数の長さにて診断している。各々の正常繰り返し数の上限の目安はSCA1 39、SCA2 32、 MJD/SCA3 40、 SCA6 18、SCA17 42、 DRPLA 36 である。これを超えた場合、疾患の可能性を考えるが、この周辺のリピート長の場合、真に現在の病態に寄与しているかについては、臨床症状を加味し、慎重に診断する。 CAG繰り返し配列は、アミノ酸としてはグルタミンとなるため、本症は異常に増大したグルタミン鎖が原因であると考えられる。他に同様にグルタミン鎖の増大を示す、ハンチントン舞踏病、球脊髄性筋萎縮症と併せて、ポリグルタミン病と総称する。 増大したポリグルタミン鎖によって作られる凝集体が、細胞内に認められる。この事から増大ポリグルタミン鎖の凝集体の易形成性が、直接、もしくは間接的に細胞毒性を持つと考えられている。現在は、凝集体そのものは、むしろ防御的で、それが形成される前の多量体が神経細胞への毒性を持つとする説が強い。 細胞毒性は増大ポリグルタミン鎖により、他の蛋白質の機能が障害され引き起こされるという機序が唱えられている。しかし、その詳しい機序については諸説があり結論がついていない。発病や進行を阻止できる根治的な治療方法の開発につながる病態機序はまだ明らかになっていない。しかし、病態機序に基づいた疾患の根本治療を目指す研究が活発に行われている

症状

症状は失調症状を認めるが、周辺症状は各病型毎に異なる。優性遺伝性の脊髄小脳変性症は、症状が小脳症状に限局する型(純粋小脳型,autosomal dominant cerebellar ataxia type III : ADCA type III)と、その他の錐体外路症状、末梢神経障害、錐体路症状などを合併する型(非純粋小脳型,ADCA type I)に臨床的に大別される。孤発性の物は、前述したように大多数が多系統萎縮症であるが、一部純粋小脳型の小脳皮質萎縮症がある。劣性遺伝性の多くは非純粋小脳型で有り、後索障害を伴う場合が多い。一般的に小脳症状に限局する型の方が予後は良い。またSCA6や周期性失調症などで、症状の一過性の増悪と寛解を認める場合がある。 非純粋小脳型では、画像状の萎縮と症状に乖離が認められる場合もある。一般に非純粋小脳型のポリグルタミン病では、高齢であるほど、リピート長が長いほど画像上の萎縮が目立つ。またその変化も小脳に限局せず脳幹にも及ぶ。このため、若年者で発症時に、画像上の変化が目立たない例や、高齢者で症状に比して萎縮が強い場合などもあることもある。特にMJD/SCA3の高齢発症者は、一見、症状が小脳に限局している印象を与えることがある。 非純粋小脳型では頻度からMJD/SCA3、1、2を考える。SCA2はゆっくりとした滑動性眼球運動、MJD/SCA3は初期から目立つ姿勢反射障害や、上方視制限が特徴である。しかし、リピートの長さや、年齢により症状は多様である。若年発症例および進行例において、各々の疾患に特徴的な症候が現れやすい。 純粋小脳型ではSCA6、31を中心に考える。これらは画像上も初期から小脳に限局した萎縮を認める。 SCA7は網膜色素変性症を伴うことが多い。SCA8,SCA17 は極めて臨床症状が多様で有る。 下記に、遺伝性のSCAの診断フローチャートを提示する。家族歴が明瞭で無い場合でもSCA31、SCA8、MJD/SCA3等は可能性がある。この様な家族歴のない症例に対し、遺伝子診断を行う場合は、優性遺伝性疾患で有り、本人の結果が未発症の血縁者にも影響を与えることから、特に十分な説明と同意が必要である。 参考資料 遺伝性 SCA 遺伝子診断のフローチャート 各疾患について病型毎の診断基準案を本稿の終わりに列挙する。またより詳しい情報はGenereviews(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1116/)にて入手可能である。 ポリグルタミン病では、CAG繰り返し配列の長さと、発症年齢に負の相関があり、一般にリピート数が長いほど若年で発症し、重症となる傾向にある。ポリグルタミン病は、SCA6を除き、家系内でも症状が多彩で有り、世代を経る毎に重症化する傾向(表現促進現象)を認める。 脊髄小脳変性症の遺伝子診断は保険適応となっていない。ポリグルタミン鎖の増大に関する遺伝子診断は、民間検査機関、もしくは一部の大学病院などで行っている。塩基配列解析を必要とするような疾患の遺伝子診断は行っているところが極めて少ない。これらの診断は、各研究機関(Gentests http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/GeneTests/ で海外の研究機関を紹介している)に問い合わせる。 失調症状の変遷の記載方法としてはICARS、SARA、UMSARSというスケールが用いられる(SARA日本語版PDFUMSARS日本語版PDF)。またMSAのQOLのスケールもある(MSAのQOL PDF)。ICARASの抜粋が臨床調査個人票に用いられており、この項目のみでも、経過をよく反映する。 SCA7は網膜色素変性症を伴うことが多い。SCA8,SCA17 は極めて臨床症状が多様で有る。 下記に、遺伝性のSCAの診断フローチャートを提示する。家族歴が明瞭で無い場合でもSCA31、SCA8、MJD/SCA3等は可能性がある。この様な家族歴のない症例に対し、遺伝子診断を行う場合は、優性遺伝性疾患で有り、本人の結果が未発症の血縁者にも影響を与えることから、特に十分な説明と同意が必要である。

SCA病型の特徴

SCA1 SCA2 SCA3/Machado-Joseph disease (MJD) SCA5 SCA6 SCA8 SCA10 SCA12 (ドイツ系アメリカ人家系およびドイツ人家系より ) SCA13 :フランス家系(1型)とフィリピン家系(2型)より SCA14 26家系106症例の解析より SCA15 SCA17 SCA27 SCA31(旧病名:16q-ADCA) プリオン病  日本人12家系18症例の解析より EAOH/AOA1 Ataxia with oculomotor apraxia type 2 (AOA2) Marinesco-Sjögren 症候群 ARSACS:日本人12家系18症例の解析より SCAR8(ARCA-1):Rouleau らの64例の解析から

治療

純粋小脳型では、小脳性運動失調に対しても、集中的なリハビリテーションの効果があることが示唆されている。バランス、歩行など、個々人のADLに添ったリハビリテーションメニューを組む必要がある。リハビリテーションの効果は、終了後しばらく持続する。 (下図宮井一郎先生からのご提供 平成22年度 運動失調症の病態解明と治療法開発に関する研究 研究代表者  西澤 正豊 報告書より) 小脳失調症に対する短期集中リハビリテーションの効果に関する無作為比較研究 Trial for Cerebellar Ataxia Rehabilitation (CAR trial) 試験ID/公開日 UMIN000000824  2007/09/12 薬物療法としては、失調症状全般にセレジスト®(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン誘導体)が使われる。本薬剤の有効性が確かめられたモデルマウスの一つはSCA6や片頭痛を伴う失調症の原因遺伝子であるカルシウムチャネル(CACNA1A)の点変異マウスである。しかし、実際の使用経験では、本薬剤の効果に病型毎の明確な差は報告されていない。 疾患毎の症状に対して対症的に使われる薬剤がある。MJD/SCA3の有痛性筋痙攣に対する塩酸メキシレチン、SCA6などの周期性の失調症状、めまい症状に対するアセタゾラミド等が挙げられる。 ポリグルタミン病に関しては、ポリグルタミン鎖、もしくはそれが影響を及ぼす蛋白質や細胞機能不全をターゲットとした治療薬の開発が試みられているが、現在の所、有効性があるものはない。

予後

予後は、病型により大きく異なる。またポリグルタミン病は症例の遺伝子型の影響を受ける。 下図(平成15年 日本神経学会総会 本邦に於ける脊髄小脳変性症のpopulation based 前向き臨床研究による自然歴の把握 運動失調に関する調査及び病態機序に関する研究班 研究代表者 辻省次 より) 脊髄小脳変性各病型別の自然歴(自力歩行可能年数)

参考文献

難病情報センター(http://www.nanbyou.or.jp/entry/284
:バージョン1.0
更新日
:2014年10月1日
文責
:日本小児神経学会