疾患概念
ヒトヘモグロビン(血色素、Hb)は141個のアミノ酸を持つαグロビンと146個のアミノ酸を持つ非αグロビンの各2分子からなる四量体である。各グロビンのサブユニットの疎水性ポケットには1個のヘムが結合しており、Hbは計4個のヘムを持っている。Hb異常症のうちHbの量的異常をサラセミアといい、質的異常を異常Hb症という。本症はこのHbの質的異常に起因する遺伝性疾患である。鎌状赤血球症(HbS症)はHbAのサブユニットであるβグロビン遺伝子の6番目のグルタミン酸がバリンに置換された結果生じる。ホモ接合体にみられる慢性溶血性貧血、末梢血流閉塞による疼痛発作、その後遺症として多臓器障害を特徴とする重篤な疾患である。
疫学
異常Hb症は日本人の約3,000人に1人の割合で存在する。Hbを構成するアミノ酸のどこの部分にも置換が起こりうるため、相当数の異常Hbの存在が予想される。現在知られている日本の異常Hbは210種類以上(世界的には800種類以上)に及ぶ。HbS症は本来日本には存在しないが、国際化に伴い外国人滞在者を中心に国内でもみられ始めてきた。
病因
Hb異常症のほとんどは遺伝性疾患で、ナンセンス変異、フレームシフト変異、スプライシング変異や数塩基から広範囲な遺伝子欠失などによる遺伝子異常により生じる。HbS症はHbAのサブユニットであるβグロビン遺伝子の6番目のグルタミン酸がバリンに置換された結果生じる。ホモ接合体の場合に重篤な症状を呈する。HbSとその他の異常Hbあるいはサラセミアとの複合ヘテロ接合体の場合はHbSホモ接合体に匹敵する症状が現れることがあり、広義のsickle cell disease(SCD)として扱う。
臨床症状
HbSホモ接合体では鎌状の奇形赤血球を伴い、溶血性貧血を認める。HbS症の臨床像は急性症状と慢性症状とに分けられる。急性症状では、血流障害に伴う激しい疼痛、急激な臓器内血液貯留(特に脾臓)、中枢神経発作(脳梗塞、増殖性網膜症)、感染症、持続性勃起がある。慢性症状としては発育遅延、腎機能障害、無血管性骨壊死、消化器症状、下腿潰瘍などがある。HbSヘテロ接合体では日常生活では無症状であるが、著しい低酸素状態でのみ症状を認める。
治療
- 鎮痛薬および静注輸液(血管閉塞性の疼痛発作に対して)
- 輸血
- 広域抗菌薬(感染症に対して)
- 予防接種,葉酸補充,およびヒドロキシウレア(HbF産生亢進)
予後
現在ホモ接合体患者の予後は改善しており、平均生存期間が60歳前後となっている。しかしその結果、慢性的な多臓器障害を有する患者の割合は増加している。一般的な死因は,急性胸部症候群,併発感染症,肺塞栓症,重要臓器の梗塞,および腎不全である。
成人期以降の注意点
成人期には脾臓は萎縮し脾機能低下に伴う易感染性を認める。微小血管閉塞症状として骨・関節破壊の進行、皮膚潰瘍、持続性勃起症、脳梗塞、また急性胸部症候群による死亡に注意が必要である。
参考文献
- Disorders of Hemoglobin,2001 Steinberg et al.
- 別冊日本臨床 血液症候群(第2版) 20133)
- 稀少疾患 疾患概要 Ophanet
- 版
- :バージョン1.0
- 更新日
- :2014年10月1日
- 文責
- :日本小児血液・がん学会