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発作性夜間ヘモグロビン尿症

ほっさせいやかんへもぐろびんにょうしょう

paroxysmal nocturnal haemoglobinuria; PNH

告示

番号:48

疾病名:発作性夜間ヘモグロビン尿症

疾患概念

発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)は、PIGAを含むGPIアンカー合成に関わる遺伝子に変異を有する造血幹細胞がクローン性に拡大して生じる、補体介在性血管内溶血を主徴とする造血幹細胞疾患である。再生不良性貧血を代表とする後天性骨髄不全疾患としばしば合併・相互移行する。血栓症は本邦例では稀ではあるが、PNHに特徴的な合併症である。また稀ではあるが、急性白血病への移行もある1

疫学

厚労省の平成10年度疫学調査班(大野班)の層化無作為抽出法によるアンケート調査によると、わが国におけるPNHの推定有病者数は430人(100万人あたり3.6人)であった2。男女比はほぼ1:1で、診断時(初診時)の平均年齢は、日本が45.1歳、米国では32.8歳で、診断時年齢分布は、日本では 20〜60 歳代にまんべんなく発症するのに対し、米国では10〜30歳代にピークをむかえその後徐々に減少する3

病因

PNH血球では、GPIを介して膜上に結合する数種の蛋白(GPIアンカー型タンパク質:GPI-AP)が欠損している。PIGA 変異を有する PNH 造血幹細胞がクロ−ン拡大し、GPI-APの欠失した PNH 血球が末梢血で優勢になったとき、PNH はその特有の症状を呈する。特にCD55、CD59といった補体制御因子を欠損するPNH赤血球が、感染などを契機に補体が活性化されると溶血がおこる。すなわちPNHはPIGA遺伝子に後天的変異が生じ、その変異細胞がクローン性に拡大する造血幹細胞疾患である1

臨床症状

  1. 溶血(ヘモグロビン尿) PNH の血管内溶血の結果、ヘモグロビン尿、貧血、黄疸がみられる。古典的な記載では、早朝の赤褐色尿(ヘモグロビン尿)が特徴とされているが、日米比較によると、診断時にヘモグロビン尿を呈する例は米国例では50%であるのに対し本邦例では34%と低率であった3。肉眼的ヘモグロビン尿は、溶血の程度によりワインレッド色からコーラ色まで色調が異なるが、早朝尿で観察されることが多いので、患者に注意深い観察を促す必要がある。
  2. 造血不全 de novo の PNH には、発症時から血小板数が 15 万/μl 以上ある(造血不全のない)古典的 PNH と、血小板数が 15 万/μl 未満の骨髄不全型 PNH がある4)。また再生不良性貧血の5-10%がその経過中にPNHへ移行する。さらにまれではあるが、MDSあるいは白血病への移行も報告されている1
  3. 血栓症 血栓症は他の溶血性貧血にはないPNHに特異的な合併症で、その多くは静脈血栓症の形をとるが(80-85%)、動脈血栓症もおこりうる(15-20%)。頻度が高く重篤な血栓部位としては、腹腔内(Budd-Chiari症候群、腸間膜静脈)や頭蓋内(脳静脈)であるが、特殊な部位(皮膚静脈、副睾丸静脈)にも起こる。日米比較によると、米国例では初発症状の19%が血栓症であるのに対して、本邦例では6%に過ぎなかった1

診断

厚生労働省特発性造血障害に関する調査研究班による診断基準(発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド 令和 1 年改訂版)に基づき診断する。詳細は診断の手引き参照のこと。

診断の際の留意点/鑑別診断

従来はHam(酸性化血清溶血)試験陽性または砂糖水試験陽性が行われていたが、フローサイトメトリー(FCM)を用い、GPI-APを欠損する血球(PNHタイプ赤血球・顆粒球)を検出し、クローンサイズを定量することが重要である。

治療

PNH に対する唯一の根治療法は造血幹細胞移植であるが、合併症のリスクの高さから、重度の骨髄不全や繰り返す血栓症など、生命予後に関わる病態を伴う若年者に適応は限られる。そのため治療は各病態に対する対症療法(副腎皮質ステロイド薬、輸血療法、鉄剤・葉酸、ハプトグロビン、免疫抑制剤、G-CSF、蛋白同化ステロイド薬など)が中心となる。 エクリズマブは、補体C5に対するヒト化単クローン抗体であり、終末補体活性化経路を完全に阻止することで溶血を効果的に防ぐことができる。 また、ラブリズマブはエクリズマブの誘導体で、エクリズマブの3倍以上の半減期を有する。エクリズマブおよびラブリズマブの治療は、溶血のため赤血球輸血が必要と考えられ、今後も輸血の継続が見込まれる患者が対象となる。しかし、骨髄不全に対する改善効果は認めず、本質的なPNH治療とはならない。 また、PNHクローンを減少させることはできず、治療によりむしろPNH赤血球は蓄積・増加するため、薬剤中止により激しい溶血が起こる可能性も懸念されており、患者は、定期的な静脈投与を長期間にわたり受ける必要がある

予後

PNHは極めて緩徐に進行し、溶血発作を反復したり、溶血が持続したりする。PNHでは自然寛解が起こり得るとされているが、その頻度は、日米比較調査によると5%であった3。 また、長期予後に関して、本邦におけるエクリズマブ導入前の診断後平均生存期間は32.1年、50%生存は25年と報告された3。しかし、エクリズマブ導入後の英国において、エクリズマブ投与群と健康対照集団との間に死亡率の差は認められなかった5。まだ短い期間のデータではあるものの、エクリズマブはPNHの予後を改善させたことが裏付けられており、今後さらに予後は改善すると考えられている。

成人期以降の注意点

 長期の観察によりMDSや白血病への移行が増加していくことも考えられるため、成人期以降も定期的な受診の必要性を説明する必要がある。

参考文献

  1. 発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド 令和1年改訂版 発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の診断基準と診療の参照ガイド改訂版作成のためのワーキンググループ
  2. 大野良之:「特定疾患治療研究事業未対象疾患の疫学像を把握するための調査研究班」平成11年度研究業績集-最終報告書- 平成12年3月発行(2000年)
  3. Nishimura J,Kanakura Y,Ware RE,et al.Clinical course and flow cytometric analysis of paroxysmal nocturnal hemoglobinuria in the United States and Japan.Medicine 83:193-207,2004
  4. Parker C, Omine M, Richards S,et al. Diagnosis and management of paroxysmal nocturnal hemoglobinuria. Blood 106:3699-3709,2005
  5. Kelly RJ, Hill A, Arnold LM, et al.Long-term treatment with eculizumab in paroxysmal nocturnal hemoglobinuria: sustained efficacy and improved survival. Blood 117:6786-92, 2011
:バージョン1.0
更新日
:2014年10月1日
文責
:日本小児血液・がん学会