概要・定義
必須アミノ酸であるバリン・イソロイシン代謝経路の中間代謝障害によって、プロピオン酸をはじめとする有機酸が蓄積し、代謝性アシドーシスに伴う各種の症状を呈する常染色体劣性遺伝性疾患(MIM #606054)。
疫学
発症後診断例の全国調査(2000年)によれば、メチルマロン酸血症に次いで2番目に多い有機酸代謝異常症であり1)、タンデムマス新生児スクリーニング試験研究(1997年~2012年,被検者数195万人)による国内頻度はによる国内頻度は1/4.5万人と最多を占め、高頻度変異による軽症例が多くなっている2)。
病因
プロピオニルCoAカルボキシラーゼ (EC 6.4.1.3; PCC) の活性低下による。
症状
1)急性代謝不全
典型的には新生児期から乳児期にかけて、ケトアシドーシス・高アンモニア血症などが出現し、哺乳不良・嘔吐・呼吸障害・筋緊張低下などから嗜眠〜昏睡など急性脳症の症状へ進展する。
2)中枢神経症状
急性代謝不全の後遺症や慢性進行性の影響によって精神運動発達遅滞を呈することが多い。両側大脳基底核病変による不随意運動が出現することもある。
3)その他の症状
心筋症の報告が比較的多い。他に膵炎なども報告されている。
診断
1)血液検査
急性期にはアニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシス・ケトーシス・高アンモニア血症・汎血球減少・低血糖などを認める。高乳酸血症や血清アミノトランスフェラーゼ (AST, ALT) 上昇を伴うことも多い。
2)化学診断
[1]タンデムマスによる血中アシルカルニチン分析(図1)
プロピオニルカルニチン(C3)の増加(メチルマロン酸血症と共通の所見)
[2]GC/MS による尿中有機酸分析(図1)
・3-ヒドロキシプロピオン酸・プロピオニルグリシン・メチルクエン酸などの
排泄増加(プロピオン酸血症と共通の所見)
・メチルマロン酸の排泄増加を伴わない。
3)酵素診断
本疾患の確実例は尿中有機酸分析によって診断を確定できる。化学診断所見が明確でない場合、末梢血リンパ球や培養皮膚線維芽細胞の破砕液を用いて酵素活性を測定することが可能である。
4)遺伝子診断
PCC は二種類のサブユニット(α,β)から構成されており、責任遺伝子 PCCA, PCCB いずれの変異例も報告されている。タンデムマス新生児スクリーニングで発症前に発見される日本人症例には、PCCB 遺伝子 p.Y435C 変異の同定頻度が高い3)。
治療
1) 急性代謝不全発症時の治療
救命救急医療としての対応を取りながら、以下のような治療を行う。
[1]異化亢進の抑制
すべてのタンパク摂取を中止。中心静脈路を確保の上、10%以上のブドウ糖を含む輸液で十分なエネルギーを補給する。
[2]代謝性アシドーシスの補正
[3] L-カルニチン投与
・50−100mg/kg/回×3回/日静注
・すぐに入手できない場合は 100−150mg/kg/日 内服
[4]水溶性ビタミン:診断確定前から投与開始。確定後は中止。
・チアミン 100−200 mg/日
・リボフラビン 100−300 mg/日
・ビタミンC 120 mg/kg/日
・ビオチン 5−20 mg/日
・ビタミンB12 ヒドロキソコバラミンまたはシアノコバラミン 1−2mg/日
[5]血液浄化療法
以上の治療開始後も代謝性アシドーシスや高アンモニア血症の改善傾向が乏しい場合は、持続血液透析(CHD)または持続血液透析濾過(CHDF)を速やかに開始する。
2) 慢性期の治療
[1]タンパク制限食
エネルギーおよびタンパク量の不足分は、バリン・イソロイシン・メチオニン・スレオニン・グリシン除去ミルク(雪印 S-22)などで補う。
[2]L-カルニチン 50-150mg/kg/日(分3)
血清(または濾紙血)遊離カルニチン濃度を 50μmol/L 以上に保つ。
[3]腸内細菌によるプロピオン酸産生の抑制
・メトロニダゾール 10mg/kg/日(分3)
耐性菌出現防止のため 4日服薬/3日休薬,1週間服薬/3週間休薬 などとする。
・ラクツロース 0.5-2mL/kg/日(分3)
[4] 肝移植
早期発症の重症例を中心に生体肝移植を考慮する。
予後
・新生児期発症の重症例は、急性期死亡ないし重篤な障害を遺すことが少なくない。
・遅発例も急性発症時の症状が軽いとは限らず、治療が遅れれば障害発生の危険が
高くなる。
成人期以降
・ 肝移植実施例も含め、食事療法を続ける必要がある。
・ 飲酒,過度の運動は避ける。
・ 妊娠,出産は厳重な管理が必要である。
参考文献
1) 高柳正樹:有機酸代謝異常症の全国調査.平成11年度厚生労働科学研究報告書,2000.
2) 山口清次:タンデムマス等の新技術を導入した新しい新生児マススクリーニング体制の確立に関する研究.厚生労働科学研究費補助金(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業)平成24年度報告書,2013.
3) Yorifuji T, et al: Unexpectedly high prevalence of the mild form of propionic acidemia in Japan: presence of a common mutation and possible clinical implications. Hum Genet 111: 161-165, 2002.
- 版
- :バージョン2.0
- 更新日
- :2015年5月25日
- 文責
- :日本先天代謝異常学会