概念・定義
疫学
病因
PWSは、最初にみつかったインプリンティング疾患として有名である。遺伝子は、通常、親由来にかかわらず同様に働くが、例外的に、父親由来のときのみ働く遺伝子(父性発現遺伝子)や母親由来のときのみ働く遺伝子(母性発現遺伝子)が存在する。ここで、インプリントとは、遺伝子の発現を抑制するマーキングのことであり、ゲノム配列の変化ではなく、CpG配列 (CpG islands)のメチル化などの可変的な修飾によるものであり、このためにエピジェネティクス(エピ:後成的)という用語が用いられる。ここでは、SNRPN遺伝子上流のメチル化可変領域(DMR: differentially methylated region)が、インプリンティングセンターとして作用し、このDMRは父由来のとき非メチル化状態、母由来のときメチル化包帯で存在する。このメチル化状態がインプリンティングの維持に必須であるため、このDMRはインプリンティングセンターとも呼ばれる。
PWSは、染色体15q11-13領域の父性発現遺伝子が作用しなくなることで発症する。約75%が欠失(上記インプリンティング領域の欠失で、2つの欠失がほとんどの症例で同定されている)、約20%が母性片親性ダイソミー(1対の第15染色体が共に母親に由来する状態)に起因し、残る少数例は、エピ変異(上記の父由来DMRがメチル化された状態)、稀な小さい欠失やインプリンティング遺伝子変異で発症する。そして、片親性ダイソミーは、trisomy rescue、gamete complementation、monosomy rescue、postfertilization errorにより発症し、高齢出産は第一減数分裂の不分離に起因するtrisomy rescue発症リスクとなる。
診断
症状
症状は多岐にわたり、かつ年齢に応じて変化する。新生児期は、筋緊張低下、色素低下、外性器低形成を3大特徴とする。筋緊張低下が顕著で哺乳障害のため経管栄養となることが多い。色素低下の顕著な患者では頭髪は金髪様となり白皮症と誤診される場合もある(この色素低下は、欠失タイプ遺伝子特徴的であり、これは、両親性発現をする色素に関連する遺伝子が欠失することによる)。
外性器低形成として、男児では停留精巣やミクロペニスが90%以上に認められるが、女児では陰唇あるいは陰核の低形成は見逃されやすい。3~4歳頃から過食傾向が始まり、幼児期には肥満、低身長が目立ってくる。学童期には、学業成績が低下し、性格的にはやや頑固となってくる。思春期頃には、二次性徴発来不全、肥満、低身長、頑固な性格からパニック障害を示す人がいる。思春期以降、肥満、糖尿病、性格障害・行動異常などが問題となる。とりわけ、性格障害・異常行動は、患者本人あるいは家族が一番悩まされる事象である。性格は、年齢を経るに従い、可愛いから、しつこい、頑固、パニック、暴力へとエスカレートすることがあり、行動異常では、万引き、嘘を言うなどの反社会的行動が目立ち、社会の中で上手くやっていけない場合がある。その原因は、不明であるが、多くの患者が酷似した性格傾向を示すことから、遺伝的背景の関与が示唆される。
このように症状は多彩であるが、その病因は間脳の異常に集約される。間脳には、種々の中枢が存在し、食欲中枢(過食、肥満の原因)、呼吸中枢(中枢性無呼吸や昼間の過度の睡眠の原因)、体温中枢(冬場の低体温、夏場の高体温)、情緒の中枢(性格障害との関連)、性の中枢(二次性徴発来不全の一因)、など間脳の異常に起因した多彩な症状の説明が可能である。
治療
- 1. 食事療法:
- 本症では終生誰かが管理する必要のある一番大切で基本的治療法である。食事制限は2歳頃までは健常児と同じ、3~4歳頃から身長1cmあたり10 Kcalを目安に摂取カロリーの制限を行う必要がある。成人PWS患者の最終身長が約150 cmあたりのため、成人での摂取カロリーは1500 kcalが目安となる。大切なことは、彼らの手の届く所に安易に食べ物を放置しない事である。また、彼らは、摂取カロリーが多くなくても肥満になり易い傾向があることを周囲が良く認知し(体脂肪の動員が下手で、基礎代謝率も低い)、彼らの肥満に対して偏見を持たないようすることが不可欠である。
- 2. 運動療法:
- 体重維持に予想以上に貢献する。彼らが、捻挫などで通常の運動が不可能なとき、驚くほど短期間に体重が増加することは良く経験される事実である。彼らは、元来筋緊張低下があり運動は不得意であるが、現在まで多くの患者が水泳を取り入れることで運動療法が比較的成功している。脂肪の多い彼らの体組成は、水泳には向いていると考えられる。運動を強要するのではなく、一緒に運動に付き合うことも大切である。
- 3. 成長ホルモン補充療法:
- 現在世界的に実践されている治療法であり、本治療法がPWS患者の自然歴を大きく改善させてきている。成長ホルモンによる身長促進、体組成改善、筋力向上などは、すでに周知のこととなっている。今や世界中の関心は、成長ホルモン療法が直接あるいは間接的に知能や性格に及ぼす可能性に注目してきているが、それらの客観的評価は未だ難しい。
成長ホルモン治療に伴って危惧されてきている問題点は3つである。糖質代謝、呼吸障害、側弯症の3点に集約される。
糖質代謝では、本症への成長ホルモ認可以前から成長ホルモンが糖尿病誘発する可能性が危惧されたが、実際は成長ホルモン治療で筋肉量増加、活動性向上のためインスリン感受性が改善しむしろ血糖が低下するといったデータのみが報告されており、現在、基本的食事療法が良好維持されている条件下では糖尿病誘発可能性はないと考えられている。
呼吸障害に関しては、成長ホルモンは間脳にある呼吸中枢には好影響(中枢の酸素や二酸化炭素濃度への感受性を改善する)が、閉塞性障害を悪化する恐れがあることが報告されている。すなわち、成長ホルモンは、水分貯留傾向やリンパ組織の増大を惹起し、上気道の狭窄症状を起こす可能性が危惧されている。その為、成長ホルモン開始初期、とりわけ使用開始4ヵ月位は呼吸症状に注意し、狭窄症状出現あるいは増悪時は、成長ホルモンの中止あるいは減量が推奨される。
側弯症に関する報告はまだ少ないが、本治療法により側弯症の頻度増加、あるいは、増悪が危惧されている。われわれが行った72名の患者を対象にした検討では、成長ホルモン療法は、側弯症の頻度を増加させないと言う結果であったが、今後の検討が必要である。そのため、成長ホルモン開始前からの側弯症の継続的検査が不可欠である。 - 4. 性ホルモン補充療法:
- 本症患者全員が持っている性腺機能不全に対する治療であるが、現実的には種々の理由で実施されていないのが実際である。特に男性では、男性ホルモン補充が、患者の攻撃性を増加する、行動異常を増悪することが、危惧され未だ世界中が躊躇している。しかし、この様な危惧を指示する報告はなく、学問的根拠はない。われわれの経験では、患者を十分選択し、信頼関係を確立した後での治療では、過激製の増悪はなく、むしろパニック障害の減少を認めている。本治療の目的は二次性徴発来不全に対するのみではなく、骨密度改善、さらには彼らの精神的効果が大きいと考えられる。男性ではエナルモン125ー250 mg/dose/月、 女性ではカウフマン療法が行われる。
- 5. インスリン治療:
- プラダーウイリー症候群患者は、10歳頃から思春期にかけて糖尿病をしばしば発症する。このようなとき、経口糖尿病治療薬のみでコントロールすることは困難で、インスリンを必要とすることが多い。
- 6. 向精神薬:
- 欧米では、積極的に精神科から向精神薬の投与が行われているが、まだまだ推奨可能な処方はない。現在SSRI(選択的セロトニン再吸収阻害剤)が比較的広く使用されており、一部の患者で効果を発揮している。また、パニック時にはリスパダールがしばしば有用である。
予後
参考文献
- 日本小児内分泌学会. プラダーウィリ症候群コンセンサスガイドライン. (日本小児内分泌学会「学会ガイドライン」(http://jspe.umin.jp/medical/gui.html)
- 版
- :1.1版
- 更新日
- :2023年7月6日
- 文責
- :日本小児内分泌学会