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先天性横隔膜ヘルニア

せんてんせいおうかくまくへるにあ

congenital diaphragmatic hernia

告示

番号:7

疾病名:先天性横隔膜ヘルニア

概念・定義

先天性横隔膜へルニアとは、発生異常によって先天的に生じた横隔膜の欠損孔を通じて、腹腔内臓器が胸腔内へ脱出する疾患をいう。欠損孔は横隔膜のどの部位に生じてもよいが、頻度が高く臨床的意義が大きいのは、欠損孔が横隔膜の後外側を中心に発生するボホダレク孔ヘルニアであるため、単に先天性横隔膜ヘルニアといえば、ボホダレク孔ヘルニアのことを指す場合もある。胸腔内に脱出する腹腔内臓器には、小腸、結腸、肝臓、胃、十二指腸、脾臓、膵臓、腎臓などがある。

疫学

発生頻度は、2,000〜5,000出生数に対して1例といわれている。日本小児外科学会による最新のわが国の調査では、年間出生数約110万人の年度に、本症の新生児例を約200例治療したことが報告されており、従来いわれてきた発症頻度ともほぼ一致する。患側は左側例が約90%を占め、右側例は10%程度である。両側例は稀で1%未満と推測される。約85%の症例はヘルニア嚢を伴わない無嚢性ヘルニアである。約95%の症例は新生児期に発症し、約5%は乳児期以降に発症する。横隔膜に生じた欠損孔の大きさは、裂隙程度の小さなものから、全欠損に至るまで非常に幅広い。ボホダレク孔ヘルニアでは、欠損孔の中心が横隔膜の後外側にあることが特徴で、横隔膜の大部分が欠損している場合でも、前縁と内縁の横隔膜はいくぶん残存していることが多い。二次的な合併奇形として腸回転異常が最も多いが、これを除けば約70%は本症単独で発症する。約30%に心大血管奇形、肺葉外肺分画症、口唇口蓋裂、停留精巣、メッケル憩室、気管・気管支の異常などさまざまな合併奇形を伴う。約15%の症例には、生命に重大な影響を及ぼす重症心奇形やその他の重症奇形、18トリソミー、13トリソミーなどの重症染色体異常、多発奇形症候群などを合併する。

病因

疾患の本態は、横隔膜の先天的な形成不全である。胎生初期に連続していた胸腔と腹腔は、胎生8週にはいくつかの襞の融合した膜により分離されるが、後外側から延びる胸腹裂孔膜が形成不全を起こすと裂孔を生じるとされる。その原因として、レチノイン酸経路の障害やいくつかの病因遺伝子の関与が示唆されているものの、いまだ明らかな病因は解明されていない。  腹腔内臓器が横隔膜の欠損孔を通じて胸腔に脱出する時期が、肺の発育における重要な時期と一致するため、臓器による肺の圧迫によって肺低形成が生じると考えられている。すなわち、胎児は羊水中で呼吸様運動を行っているが、この際、肺胞にかかる圧・伸展刺激が肺の発育を促進するとされる。胎児期に肺が圧迫されることによって、この呼吸様運動が阻害されて肺の発育が低下し、肺低形成を生じる。このような肺では、肺血管床が減少しているうえ肺動脈自体も異常なため、出生後に新生児遷延性肺高血圧を来しやすい。嵌入臓器による圧迫の影響は対側肺にもおよぶため、患側肺だけでなく対側肺にも肺低形成を生じる。胸腔内への嵌入に伴って、胃の幽門部や噴門部に捻れを生じると、消化管の通過障害から羊水過多をきたして早期産を招くことがある。肺低形成による肺血流の減少や、心臓の圧迫による卵円孔から左房への血流減少が著しいと、左室も低形成をきたす。胎児に著明な循環不全が生じると、胎児水腫を呈し、ときに胎児死亡に至る。

症状

横隔膜の欠損孔の大きさと、腹腔内臓器が胸腔に脱出する時期によって本症の重症度は大きく異なり、出生直後に死亡する重症例から、新生児期を無症状で過ごす軽症例まで非常に幅広い。重症例の病態と症状は、腹腔内臓器の圧迫により生じる肺低形成と、その低形成肺に続発する新生児遷延性肺高血圧の程度に依存している。低形成肺ではガス交換面積や肺血管床の減少のため、ガス交換能が低下している。加えて臓器の圧迫による肺の拡張障害のため、患児は出生直後から呼吸困難症状を呈する。このような低形成肺の肺動脈は機能的攣縮を起こしやすく、新生児遷延性肺高血圧を来たしやすい。ひとたび新生児遷延性肺高血圧に陥ると、中心静脈血は卵円孔や動脈管を短絡して肺を経由することなく全身に流れるため、低酸素血症やアシドーシスが進行する。重症例では左室の低形成を伴うため、循環不全も伴う。  すなわち、最も重症な例では生直後からの著明な呼吸不全・循環不全により、チアノーゼ、徐脈、無呼吸などを呈し、しばしば蘇生処置を要する。出生直後に蘇生を要さない場合でも、大多数(約90%)の症例では生後24時間以内に頻呼吸、陥没呼吸、呼吸促迫、呻吟などの呼吸困難症状で発症する。その後1ヶ月間の新生児期に発症する場合もある。乳児期以降に発症する例では、肺の圧迫による呼吸困難症状のほかに、消化管の通過障害による嘔吐や腹痛などの消化器症状が主体となる。ときに胸部X線検査で偶然発見される無症状例もある。

診断

わが国では、新生児例の約75%が出生前診断される4.。胎児超音波検査において、胃泡の位置異常や心臓の偏位などを手がかりに発見されることが多いが、解像度が向上した最新の超音波診断装置では、肺と肝臓や腸管などの脱出臓器を区別しやすくなったため、近年では腸管のみが脱出した軽症の出生前診断例も増加している。出生前診断されると、肝臓や胃泡の位置など脱出臓器の状態や、観察できる肺の大きさから、病名診断だけでなく重症度も評価できる。胎児の画像診断法として胎児MRIも有用である。  出生後は、チアノーゼや呼吸困難症状に加えて、胸郭の膨隆や腹部の陥凹などの特徴的な外観で本症が疑われる。胸部の聴診では、心音最強点の偏位、呼吸音の減弱、腸管蠕動音の聴取などを認める。これらの所見が認められた場合、胸腹部X線検査を行って診断する。胸腔内に胃や腸管のガス像を認めること、食道や心臓など縦隔陰影の健側への偏位、腹部腸管ガス像の減少などが特徴である。気管・気管支・肺の透瞭像も参考になる。ときに肺の嚢胞像を消化管ガス像と見誤るため、先天性嚢胞性肺疾患との鑑別が必要となる。乳幼児、年長児例では、横隔膜挙上症や食道裂孔ヘルニアも鑑別の対象となる。胸腹部X線写真で確定診断できない場合は、胸腹部CT検査が有用である。有嚢性の横隔膜ヘルニアと横隔膜弛緩症との鑑別は、手術所見や剖検所見などの肉眼的所見や病理所見で行う。 診断手引きはこちら

治療

出生前診断された症例は、本症の治療に習熟し、設備の整った施設に母体搬送する。予め治療計画を立て、新生児科医・小児外科医が待機して計画分娩を行う。出生直後の治療態勢が整っていれば、分娩方法は問わない。  本症の治療は手術によって完結するが、手術自体よりも術前術後の周術期管理が重要となる。かつて本症の呼吸管理は、肺血管抵抗を下げる目的で呼吸性アルカローシスを目標とした過換気が行われていた。しかし、肺低形成を伴う本症に対して過換気を行うと、肺に気圧外傷を生じやすく、結果的に気胸による急性増悪や、気管支肺異形成などの慢性肺障害が原因となって死亡する例が多かった。そこで本症の呼吸管理に”gentle ventilation”の概念が導入され、今日では高二酸化炭素血症容認(permissive hypercapnia)、低酸素血症容認(permissive hypoxia)の基本方針に従い、最小限の条件で肺の気圧外傷を回避する呼吸管理が一般的となった。欧米では、第一選択として従来型の換気法による呼吸管理が行われる場合が多いが、わが国では当初から高頻度振動換気法を用いた呼吸管理が行われる場合が多い。いずれの人工換気法であっても、呼吸条件の設定を抑制し、高二酸化炭素血症や低酸素血症を容認して呼吸管理を行う。  かつて本症における循環管理は、新生児遷延性肺高血圧の誘発因子を回避することに主眼が置かれていた。しかし、肺血管抵抗を直接的・選択的に低下させる一酸化窒素(NO)吸入療法の登場は、本症の循環管理を一変させた。肺血管抵抗が高いまま動脈管が閉鎖すると、右室の後負荷上昇による右心不全と、左室からの心拍出量低下による左心不全の病態が同時に進行する。今日では、NO吸入療法によって肺血管抵抗をできるだけ低下させて、右室の後負荷を軽減させるとともに、肺動脈圧が体血圧を上回る場合には、動脈管の開存を維持して、右心不全を回避しながら心拍出量の維持に努めるのが一般的である。  体外式膜型人工肺(ECMO)は、新生児遷延性肺高血圧時の低酸素血症の回避と呼吸条件の低減に有用であるが、継続可能な期間には限りがある。わが国では、上記のような呼吸循環管理に伴ってECMOを施行される症例が減少しているが、気胸をきっかけに呼吸循環状態が急速に悪化したような症例ではECMOの適応となる場合がある。  手術は、一般に呼吸循環状態の安定化を確認してから行うが、何をもって安定化が得られたとするかの基準や、いつまで待機すべきかという一定の見解はない。直視下手術は一般に経腹的に行われる。脱出臓器を胸腔から脱転させたあと、横隔膜の修復を行う。横隔膜の欠損孔が小さければ直接縫合閉鎖、大きければ人工布を用いてパッチ閉鎖を行う。近年では横隔膜欠損孔が比較的小さく、呼吸循環状態の安定した軽症例に対して、術創の整容性を求めて鏡視下手術が行われるようになってきた。一方で、極めて重症で救命が困難な症例に対して、胎児の気管内に一定期間バルーンを留置する胎児治療(胎児鏡下気管閉塞術)が欧米で試みられており、最近わが国でも本法による胎児治療の臨床試験が開始された。

予後

新生児例の生存率は、重症例の増加に伴って長期間改善しなかったが、近年、治療法の進歩とその普及によって急速に向上しつつある。2011年に行われた全国調査では、新生児例全体の75%が生存退院し、重篤な合併奇形や染色体異常を伴わない本症単独例では、84%が生存退院している4.。ことに、出生後24時間以降発症の軽症例では、ほぼ100%救命される。  術後早期の合併症として、気胸、乳糜胸水、腸閉塞などがある。ヘルニアの再発にも注意が必要である。軽症例では、いったん救命されれば長期予後は良好で、後遺症や障害を残さない。しかし、近年増加している重症の救命例では、反復する呼吸器感染、気管支喘息、慢性肺機能障害、慢性肺高血圧症、胃食道逆流症、逆流性食道炎、栄養障害に伴う成長障害、精神運動発達遅延、聴力障害、漏斗胸、脊椎側弯などを発症しやすい。生存例の15〜30%程度にこれらの後遺症や障害を伴うことが報告されている1.2.3.。生命予後の改善による重症救命例の増加に伴い、後遺症や障害を有する症例が今後いっそう増加すると考えられ、本症の長期フォローアップと治療の継続が重要性を増している。

参考文献

  1. Chen C, Jeruss S, Chapman JS, Terrin N, et al.: Long-term functional impact of congenital diaphragmatic hernia repair on children. J Pediatr Surg 42:657-665, 2007,
  2. Peetsold MG1, Heij HA, Kneepkens CM, et al.: The long-term follow-up of patients with a congenital diaphragmatic hernia: a broad spectrum of morbidity. Pediatr Surg Int 25: 1-17, 2009.
  3. Jancelewicz T, Chiang M, Oliveira C, et al.: Late surgical outcomes among congenital diaphragmatic hernia (CDH) patients: why long-term follow-up with surgeons is recommended. J Pediatr Surg 48:935-941, 2013.
  4. Nagata K, Usui N, Kanamori Y, et al.: The current profile and outcome of congenital diaphragmatic hernia: A nationwide survey in Japan. J Pediatr Surg 48:738-744, 2013.
:バージョン1.0
更新日
:2014年10月1日