1. 慢性腎疾患
  2. 大分類: 腎奇形
44

鰓耳腎症候群

さいじじんしょうこうぐん

Branchio-oto-renal syndrome

告示

番号:7

疾病名:鰓耳腎症候群

疾患概念

鰓耳腎症候群(branchio-oto-renal syndrome、以下BOR症候群)は頸瘻・耳瘻孔・外耳奇形などの鰓原性器官の形態異常、難聴、先天性腎尿路異常(congenital anomalies of the kidney and urinary tract: 以下CAKUT)を3主徴とする症候群である。CAKUTを伴わないBO(brachio-oto)症候群とは同一疾患と考えられている。常染色体優性遺伝形式を示すが孤発例も認められる。本症候群では難聴への早期介入が患者の言語発達を改善するため、早期発見、早期介入が重要である。CAKUTのうち低・異形成腎を合併する場合には高率に末期腎不全に至り、将来的に透析療法や腎移植を必要とすることが多い。

疫学

BOR症候群の発生頻度は欧米では約40,000出生に1人程度であり、また聴覚障害者の約2%程度とされ、常染色体優性遺伝形式をとる難聴の中ではもっとも多い疾患の一つとされる。本邦における発生頻度は長らく不明であったが、飯島らを中心とした鰓弓耳腎(BOR)症候群に関する調査研究班の2009年から2010年の全国調査により本邦で医療受療者数が250人と推定された。ただしこれは欧米の頻度よりも著しく低い数字であり、BOR/BO症候群が今なお見逃されている可能性も示唆されるため、さらなる調査が必要である。

病因

これまでに EYA1(8q13.3)と SIX1(14q23.1)が、BORもしくはBOR症候群の責任遺伝子として示されている。EYA1 遺伝子変異はBOR症候群患者の40%程度に認められるが、SIX1 遺伝子変異は3%程度の頻度とされる。その他 SIX5(19q13.3)もBOR症候群の原因遺伝子の一つであり約5%の患者で検出されるとの報告もあるが、その関与に関しては否定的な意見もある。さらにいくつかの報告でBOR症候群と臨床的に診断された家系において SALL1(16q12.1)遺伝子変異が同定されている。一方、残りの約50%のBOR患者においては原因遺伝子が同定されておらず、今後次世代シークエンス等による検討が必要である。

臨床症状

① 鰓原性奇形
鰓原性奇形のうち鰓溝性瘻孔は胸鎖乳突筋の前方で、通常は頸部の下方1/3の部位の微小な開口である。鰓溝性嚢胞は胸鎖乳突筋の奥で、通常は舌骨の上方に触知する腫瘤である。本邦のBOR症候群の調査研究におけるこれらの合併頻度は50%程度であった。その他の鰓原性奇形としては耳前瘻孔(53%)、耳介奇形(38%)、副耳(12%)、外耳道閉鎖(12%)、中耳奇形(耳小骨変形・位置異常・固着)、内耳奇形(蝸牛低形成・前庭水管拡大症・外側半規管低形成)がみられる。
② 難聴
難聴は90%以上の患者で認められ、小児高度難聴の約2%を占めるとされる。難聴の程度は軽度から高度まで様々である。内耳、中耳、外耳奇形がみられることがあり、難聴の種類も伝音性、感音性、混合性のいずれもあり得る。本邦での調査研究では両側性が約70%、片側性が約26%であり、また伝音性が約19%、感音性約30%、混合性が約40%程度であった。BOR症候群の難聴はほとんどが先天性で非進行性だが、進行性の場合もある。
③ 腎尿路奇形(CAKUT)
本邦の調査研究におけるCAKUTの合併頻度は40%であり、中でも低形成腎を最も高頻度で認めた(29%)。その他水腎症(14%)や無形成腎(9%)、多嚢胞性異形成腎、水尿管症、尿道狭窄、膀胱尿管逆流症なども見られた。また一部の患者においては左右で異なるCAKUTを有していた。30%弱の患者が末期腎不全に至り腎移植をうけていた。
④ その他の症状
本邦の調査研究では下顎後退、顔面神経麻痺、口蓋裂、先天性心疾患、鎖肛、虹彩萎縮、涙管無形成、甲状腺腫(甲状腺機能正常)などの合併も認めた(いずれも1~3%程度)。知的障害や精神運動発達遅滞の合併頻度は典型的なBOR症候群患者では多くはない。知的障害や精神運動発達遅滞を合併している場合は他の疾患や、EYA1を含む領域の染色体微細欠失による隣接遺伝子の異常による症候群の存在を示唆している可能性がある。

診断

BOR症候群の診断基準としてはChangらが示したものがあり、前述の本邦での調査研究においてもこの診断基準が用いられている。指定難病医療助成制度における診断基準はこのChangらが示した診断基準をベースに遺伝学的検査所見を合わせたものとなっている(表1)。CAKUTがなければBOR症候群の診断を考慮する。なお現在BOR症候群の遺伝学的検査は保険補償の対象となっており、施設基準を満たし地方厚生(支)局長に届出を行った医療機関では保険適応で検査を行う事が可能である。
表1. 指定難病におけるBOR症候群の診断基準
主症状
第2鰓弓奇形鰓溝性瘻孔あるいは鰓溝性嚢胞
難聴
耳小窩、耳介奇形、外耳、中耳、内耳の奇形(参考所見参照)、副耳のうち1つ以上
腎奇形
参考所見
外耳道奇形:
外耳道閉鎖、狭窄
中耳奇形:
耳小骨奇形、変位、脱臼、固着。中耳腔の狭小化、奇形
内耳奇形:
蝸牛低形成、蝸牛小管拡大、前庭水管拡大、外側半規管低形成
以下の (1) または (2) をBOR症候群と診断する。
(1)
家族歴のない患者では、主症状を3つ以上、または、主症状を2つ以上でかつ遺伝子診断されたもの
(2)
一親等に家族歴のある患者では、主症状を1つ以上でかつ遺伝子診断されたもの

診断の際の留意点/鑑別診断

BOR症候群と同様に鰓原性奇形、難聴をきたす疾患は多く、そのすべてが鑑別疾患となる。BOR症候群では原則3主徴以外の重篤な症状は認めないため、知的障害、運動発達遅滞や先天性心奇形を認める場合などは他疾患も考慮すべきである。

BOR症候群の類縁疾患として代表的なものの一つにTownes-Brocks症候群がある。Townes-Brocks症候群は鰓原性奇形と難聴、CAKUTの他に鎖肛、先天性奇形、母指の異常を認める症候群である。SALL1 遺伝子変異によって発症するが、Engelsらは鎖肛や母指の異常を伴わないSALL1 遺伝子変異によるBOR症候群を報告しており、EYA1SIX1 遺伝子変異が見られないBOR症候群においては、SALL1 遺伝子変異の検索も考慮すべきである。

Branchio-oculo-facial症候群(BOFS)は、TFAP2A 遺伝子変異による、まれな常染色体優性遺伝性疾患であるが、BOR症候群と表現型がオーバーラップする一方で、より独特な顔面的特徴を示す。BOFSでは鰓原性奇形や難聴、腎の異常の他に頭蓋・顔面や眼球異常を有する他、知的障害の合併の頻度がBOR症候群よりも高い。その他、Oto-facio-cervical症候群やCHARGE症候群、HDR症候群なども鑑別疾患に上がる。

聴覚障害(難聴)は多くの遺伝性疾患で認められる症状であり、聴覚障害のみに基づいて確定診断に至る事は非常に困難であると考えられる。そのためBOR症候群と他の疾患を鑑別するためには詳細な診察と家族歴の聴取が不可欠である。また、遺伝子学的検査が確定診断に非常に有用である。

治療

BOR症候群に対する治療は対症療法が中心となる。多くのBOR症候群患者は難聴と腎尿路奇形に対する管理が適切に行われれば良好な社会生活を送る事が可能であり、小児科医、小児外科医、耳鼻咽喉科医、臨床遺伝専門医の適切な連携が重要である。

① 鰓原性奇形と耳前瘻孔
鰓原性奇形に対しては、耳前瘻孔、頸瘻孔などが感染した場合にはまず抗菌薬による治療が行われるが、再発を繰り返す場合には外科的切除が行われる。耳介奇形や副耳に対しては審美的な理由により形成外科手術が考慮される。
② 難聴
BOR症候群における聴力障害の多くは先天性であり新生児聴覚スクリーニング検査により発見される場合が多い。聴力障害に対しては言語発達への影響を考慮し、できるだけ早期の医療的介入がのぞましい。BOR症候群に伴う難聴は伝音性、感音性、混合性のいずれの場合もあり、また難聴の程度も軽度から重度まで様々である。伝音難聴に対しては、鼓室形成術などの外科手術が行われるが、複数回手術を行っても十分な聴力の改善が得られないことも多い。こうした患者に対しては、骨導補聴器、人工中耳、骨固定型骨導補聴システムによる治療が行われる。また、感音難聴や混合性難聴に対しては難聴の程度に応じて補聴器・人工内耳による治療が行われる。一般的に人工内耳の効果は良好であり有効な治療法であるが、内耳奇形がある場合には効果が限定的となる場合がある。
③ 腎尿路奇形(CAKUT)
CAKUTに対しても対処療法が基本となる。腎盂尿管移行部狭窄などによる水腎症や膀胱尿管逆流症に対しては外科的手術が必要になる場合がある。腎機能は個人差があり正常な場合もあれば、特に腎の低形成や異形成を伴う場合には末期腎不全に進展して腎代替療法が必要になる事もある。BOR症候群の予後はCAKUTに依存すると考えられており、腎症状の早期の発見と治療介入がのぞまれる。難聴や耳介奇形・頸瘻孔などによりBOR症候群が疑われる場合にはCAKUTの可能性を考え超音波検査を含む精査を行う必要がある。

予後

前述のとおりのBOR症候群患者は難聴と腎尿路奇形に対する管理が適切に行われれば良好な社会生活を送る事が可能である。そのためにも遺伝子学的検査を含めた早期診断を行い、できるだけ早期から適切な医療管理を行う事が重要となる。

成人期以降の注意点

前述のとおりのBOR症候群患者は管理が適切に行われれば良好な社会生活を送る事が可能であるため、早期診断によりできるだけ早期からの適切な医療管理を行う事が重要となる。BOR症候群の90%は家族性であり遺伝カウンセリングが重要となる。

参考文献

  1. Morisada N, Nozu K, et al. Branchio-oto-renal syndrome: comprehensive review based on nationwide surveillance in Japan. Pediatr Int 56: 309-314, 2014
  2. Engels S, Kohlhase J, et al. A SALL1 mutation causes a branchio-oto-renal syndrome-like phenotype. J Med Genet 37: 458-460, 2000
  3. Unzaki A, Morisada N, et al. Clinically diverse phenotypes and genotypes of patients with branchio-oto-renal syndrome. J Hum Genet 63: 647-656, 2018
  4. Miyagawa M, Nishio SY, et al. Germinal mosaicism in a family with BO syndrome. Ann Otol Rhinol Laryngol 124 Suppl 1: 118S-122S, 2015
  5. Brophy PD, Alasti F, et al. Genome-wide copy number variation analysis of a Branchio-oto-renal syndrome cohort identifies a recombination hotspot and implicates new candidate genes. Hum Genet 132: 1339-1350, 2013
  6. Chang EH, Menezes M, et al. Branchio-oto-renal syndrome: the mutation spectrum in EYA1 and its phenotypic consequences. Hum Mutat 23: 582-589, 2004
  7. Krug P, Moriniere V, et al. Mutation screening of the EYA1, SIX1, and SIX5 genes in a large cohort of patients harboring branchio-oto-renal syndrome calls into question the pathogenic role of SIX5 mutations. Hum Mutat 32: 183-190, 2011
  8. Smith RJ, Schwartz C. Branchio-oto-renal syndrome. J Commun Disord 31: 411-420, 1998
  9. Kameswaran M, Kumar RS, et al. Cochlear implantation in branchio-oto-renal syndrome - A surgical challenge. Indian J Otolaryngol Head Neck Surg 59: 280-283, 2007
  10. Ideura M, Nishio SY, et al. Comprehensive analysis of syndromic hearing loss patients in Japan. Sci Rep. 9: 11976, 2019
:第1版
更新日
:2021年11月1日
文責
:日本小児腎臓病学会