1. 慢性腎疾患
  2. 大分類: 腎奇形
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多発性嚢胞腎

たはつせいのうほうじん

Polycystic kidney disease; PKD

告示

番号:10

疾病名:多発性嚢胞腎

概念・定義

腎の異形成を伴わない両側性びまん性嚢胞形成を特徴とする遺伝性腎疾患であり,常染色体優性遺伝型(ADPKD)と常染色体劣性遺伝型(ARPKD)に分けられる。どちらも疾患自体に対する治療法はなく,腎不全の治療や合併症治療,対症療法が主体となる。

病因・病態

1. 常染色体優性多発性嚢胞腎(Autosomal dominant PKD)  PKD遺伝子変異により両側の腎臓に多発性の嚢胞が進行性に発生・増大し,腎臓以外の種々の臓器にも障害が生じる最も頻度の高い遺伝性嚢胞性腎疾患である(1, 2)。典型例では加齢とともに腎機能が低下し,70歳までに約半数が末期腎不全に至る(3)。しかし,生後早期を含め,いかなる年齢で末期腎不全に至ることもある(2)。嚢胞性腎疾患としては最も出現頻度が高く,1/400~l/1,000で,性差はない。  原因遺伝子は,PKD1(16p13.3),PKD2(4q13-4q23)の2つが同定されており,おのおの,polycystin-1(PC1),polycystin-2(PC2)をコードしている。頻度は,PKD1が85%,PKD2が15%である。  診断には家族歴の詳細な聴取が重要であることはいうまでもないが,腎疾患だけではなく,高血圧やくも膜下出血の家族歴も確認する。小児のPKDで家族歴がない場合は診断が難しい。 嚢胞は肝にも好発し,脾,精巣,卵巣にもできる。嚢胞以外の病変では,高血圧,大腸憩室,総胆管拡張,脳動脈瘤(頭蓋内出血),僧帽弁逆流症などを合併する(表1)。

表1 ADPKDの病変

表1 ADPKDの病変 2. 常染色体劣性多発性嚢胞腎(Autosomal recessive PKD)  PKHD1(polycystic kidney and hepatic disease l)遺伝子変異により,新生児期から腎集合管の拡張による両側の腎臓の腫大と,胆管の異形成や門脈周囲の線維化を含む肝臓の異常が,様々な程度で進行する遺伝性嚢胞性腎疾患である。  頻度は1/10,000~40,000出生で,性差はない.原因遺伝子はPKHD1(6p21.1-p12)でfibrocystin/polyductinをコードする。  新生児期に症候を示す場合が多く,両側腎に直径2mm未満の小さな嚢胞が多数形成され腎集合管の拡張による両腎の著明な腫大を示し,肺低形成を伴う。病理学的には,集合管上皮細胞の過形成を示す。  新生児期以後~年長児に発見される場合は,嚢胞形成,局所的な集合管拡張に,尿細管萎縮,間質線維化病変を伴い腎腫大の程度に差が生じる,一方,乳児期以後~年長児に,肝脾腫の症候が顕在化することがある。肝では,門脈周囲の線維化,胆管の異形成肝内胆管の拡張が様々な程度で進行する。

診断

常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)と常染色体劣性多発性嚢胞腎(ARPKD)の診断は,ともに2010年に厚生労働省進行性腎障害調査研究班から発表された診療指針に記載された診断基準に準ずる(表2, 3, 4)(4)。ともに家族歴の聴取および画像検査が重要である。

表2 ADPKD診断基準

(厚生労働省進行性腎障害調査研究班「常染色体優性多発性嚢胞腎診療ガイドライン(第2版)」 表2 ADPKD診断基準

表3 ADPKD診断における必須項目ならびに検査

表3 ADPKD診断における必須項目ならびに検査 ADPKD診断のポイント  超音波検査では,両側の腎組織内に大小多数の低エコーの嚢胞が存在する。  画像検査では,腎嚢胞の程度やサイズを確認するだけでなく,合併症の検索も行う。 肝,膵,牌,卵巣の嚢胞の有無,胆管系拡張の有無(腹部超音波検査,CT),心臓(僧帽)弁逆流の有無(心臓超音波検査),脳動脈瘤の有無(MRアンギオグラフィ)などを確認する。 大腸憩室を疑う症状があれば,注腸造影か下部消化管内視鏡が必要となる。

表4 ARPKDの診断基準

表4 ARPKDの診断基準 ARPKD診断のポイント ・超音波検査は,両腎とも著明な腫大があり,びまん性の集合管拡張のため,全体的に高輝度,皮髄境界は不明瞭で微小嚢胞を認める。Salt-and-pepper-appearanceとよばれる。 ・造影CTでは,拡張した管腔が線条に造影されるが,腎不全の児に造影CT検査を行うのは造影剤腎症で腎機能を悪化させる可能性があり,その適応には慎重な検討が必要である。 ・肝機能は比較的保たれるが,ALPや直接ビリルビンの上昇,門脈圧亢進(脾機能亢進)による好中球減少がみられる。反復する胆管炎や胆管閉塞で肝へのダメージは進行し,最終的には肝合成能も低下する。 ・超音波検査やCTでは,拡張した胆管が,肝内に嚢胞のように存在する。嚢胞様の中心部に血管が走行する。その特徴的な画像は,超音波検査や造影CTでcentral dot sign, MRI T2強調画像ではcentral flow void signとよばれる。

治療・予後

1. ADPKD  進行抑制のための対症療法,合併症対策が中心となる。小児~若年者のうちに高血圧を認める場合がある。適切な降圧療法は,進行を抑制する。薬剤としては,レニン-アンジオテンシン系阻害薬が第一選択として使用される。嚢胞腫大が腹部諸臓器を圧迫し疼痛が著しいときは,鎮痛薬を投与する。無効な場合は嚢胞の経皮的減圧術が行われる。動脈塞栓術が行われる場合もある。嚢胞感染に対する治療対策(抗菌薬治療,ドレナージ,外科的治療),嚢胞出血,尿路結石に対する治療が必要となることもある。  本症に対する有効な治療法がない原時点においては,小児や若年者に対する診断治療介入を積極的に行う根拠は少ない。ただし,早期に高血圧症を生じた患者は正常血圧者と比べて有意に腎腫大が急速で,一部早期発症の重篤例も存在することから家族と十分相談のうえで,必要な管理を行う。また,脳動脈瘤,頭蓋内出血の家族歴がある場合は,スクリーニング検査(MRAなど)を積極的に行う意義があると思われる。患者本人や家族と話し合い,必要な場合には遺伝相談の専門家によるカウンセリングを行う。 2. ARPKD  胎児超音波検査により本症が疑われた場合は,児の出生後の人工換気を含む集中管理に備える必要がある。腫大した腎臓による横隔膜可動域の著しい制限がある場合,腎摘,血液透析,腹膜透析療法施行が考慮される場合もある。  乳幼児期以降に発見され腎機能障害の進行が軽度な例においても,著明な尿濃縮障害を伴う場合が多い。発熱,悪心,嘔吐,下痢などの際には,脱水に対する注意を要する。高血圧に対しては心肥大,うっ血性心不全などの発症を抑えるために積極的治療を要する。アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)やアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)が使用される。これらでコントロールが困難な場合には,カルシウム拮抗薬も併用される。腎不全の進行に伴い,保存期腎不全管理,透析治療や腎移植治療が必要となる。  肝脾腫,食道静脈瘤破裂,門脈血栓症,脾機能亢進症などの肝徴候の進行により,肝移植治療が必要となる症例もある。また,細菌性胆管炎が致命的な合併症の一つであり,発熱や肝胆道系酵素の上昇やグラム陰性菌による敗血症を繰り返す際は考慮する。  重症肺低形成を伴って出生した児以外は,一般に長期生存が可能であるが,予後に関する正確な評価はいまだ難しい。報告により異なるが,本症の集中医療による新生児生存率は約70~80%とされる。また,生後1か月生存した本症患者に関する生後1年の腎生存率は86%,15年で67%という報告がある(5)。生後早期の乳児に対する腎不全治療の進歩により,今後さらに予後が改善する可能性もある。腎不全管理や腎移植療法の進歩により生命予後の改善がみられる一方で,先天性肝線維症は,予後を左右する重要な合併症である。

参考文献

1) Dell A, et al. Polycystic kidney disease .In: Avner ED, Harmon WE, Niaudet P, Yoshikawa N (eds), Pediatic Nephrology. 6th ed, Springer, Berlin, 849-887, 2009 2) Sweeney WE Jr, Avner ED. Diagnosis and management of childhood polycystic kidney disease. Pediatr Nephrol 26:675-692, 2011 3) 厚生労働省特定疾患対策研究事業 進行性腎障害調査研究班.常染色体優性多発性嚢胞腎診療ガイドライン(第2版) 4) Roy S, Dillon MJ, Trompeter RS, Barratt TM. Autosomal recessive polycystic kidney disease: long-term outcome of neonatal survivors. Pediatr Nephrol 11:302-306, 1997
:バージョン1.1
更新日
:2015年03月18日
文責
:日本小児腎臓病学会