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ATR-X症候群

えーてぃーあーるえっくすしょうこうぐん

ATR-X syndrome, X-linked a-thalassemia/intellectual disability syndrome

告示

番号:8

疾病名:ATR-X症候群

概念・定義

ATR-X(X連鎖αサラセミア・精神遅滞)症候群(X-linked α-thalassemia/intellectual disability syndrome;は、X染色体に局在するATRX遺伝子を責任遺伝子とする、X染色体連鎖性知的障害症候群の一つです。男性で発症し、重度の精神運動発達遅滞、αサラセミア(HbH病)、特徴的な顔貌、外性器異常、骨格異常、独特の行動・姿勢異常を特徴とする疾患です。 ATRX遺伝子がコードしているタンパクATRXはクロマチンリモデリング因子であり、複数の遺伝子発現調節に関わっていると考えられます。ATRX遺伝子の変化により、エピジェネティクス制御機構の破綻が起こり、複数の遺伝子の発現異常のため、多様な症状を呈すると考えられます。 近年、ATRXタンパクが、ゲノムの特別な構造(G-quadruplex: G4、グアニン四重鎖)に結合し、近傍の遺伝子の発現調節に関わっていることが明らかにされました。現在、このメカニズムを利用した治療薬の開発が探索されています。

病因

ATRX遺伝子の変化によって発症します。ATRXタンパクはクロマチンリモデリング因子の一つであり、複数の遺伝子発現に関わっていると考えられます。ATR-X症候群においては、エピジェネティクス制御機構の破綻により、αグロビン遺伝子を含む複数の遺伝子発現異常が多彩な症状を呈する病態と推定されます。 ATRXタンパクは機能的に重要な部位が2カ所(ADDドメイン、クロマチンリモデリングドメイン)あり、患者さんの遺伝子の変化のほとんどがこの領域に存在しています。 遺伝子変化の部位と症状との関連は明らかではありません。上記の2カ所以外に遺伝子の変化がある場合は、非典型的な症状を呈する可能性があります。

疫学

日本には、100名以上の患者さんが診断されています。世界でも200名以上の患者さんが診断されています。男児の出生58,000~73000人当たり一人の割合で出生していると推定されています。日本の年間出生数は約100万人なので、毎年10名前後の患者さんが出生されていると推測されます。まだ、患者さんの多くは、診断されていない可能性があります。

臨床症状

【概要】(1)精神運動発達の遅れ、(2)特徴的顔貌、(3)外性器異常、(4)骨格異常、(5)特徴的な行動・姿勢の異常:自分の口に手を入れて嘔吐を誘発、斜め上を見上げ、手のひらを上に向け、顎を突き上げる、あるいは首をしめる仕草を好む、(6)自閉症的な症状:視線を合わせにくい、常同運動、(7)消化器系の異常:胃食道逆流、空気嚥下症、イレウス、便秘、(8)検査所見:αサラセミア(末梢血液のBrilliant Cresyl Blue染色によるゴルフボール様に染色される封入体を含む赤血球の存在) A.必発症状・所見(>90%) 1.男性 2.重度精神運動発達遅滞 3.特徴的顔貌   顔面中心部の低形成(鼻孔が上向き、厚い下口唇、鼻根部が平低、三角口、すき間の空いた門歯)、小頭、耳介低位 B.高頻度に認める症状・所見(50%以上) 新生児期   哺乳障害(経管栄養を必要とする)、筋緊張低下 外性器の異常   小精巣、停留精巣、小陰茎、女性外性器様 消化器系の異常   空気嚥下症、嘔吐、胃食道逆流、便秘、イレウス、流涎過多 骨格の異常   先細りの指、第5指短指症、指関節の屈曲拘縮 発育 低身長 姿勢・運動の異常   手を口に突っ込み嘔吐を誘発   突然の笑い発作、感情の高ぶり   自閉症様:視線を合わそうとしない   常同運動:指をこする(pill-rolling)、   姿勢:斜め上を見上げる、顎を手のひらを返して突き上げる、あるいは首をしめるような仕草   自傷行為 C.しばしば認める症状・所見(50%以下) 中枢神経 てんかん 心臓 心奇形 腎臓 奇形、低形成など 眼科 白内障、斜視 その他 原因不明の脳症様症状     全く食事を受け付けなくなる発作を周期的に繰り返す     無呼吸、チアノーゼ発作     膝をまげた小刻み歩行、脊柱を前彎した独特の歩き方(歩行獲得例),                  側湾症、睡眠障害

検査所見

1. Brilliant Cresyl Blue染色によるHbHの封入体をもつ赤血球の存在:(陽性率は約80%)陽性の場合でも、末梢の赤血球中の40%以上に認める場合から、1%以下しか認めないこともあります。陰性により本症候群を否定することは出来ません。 2. 頭MRI:本症候群に特徴的な所見はありません。脳の構造異常(脳萎縮、脳梁欠損症)、白質の信号異常、髄鞘化遅延、白質脳症、進行性の脳萎縮が報告されています。 3. ATRX遺伝子変異の存在:ATRX遺伝子変異が確定された場合のみ確定診断されます。

診断の際の留意点

重度の知的障害を呈する男児の鑑別診断として、本症候群を考慮する必要があります。特徴的な顔貌、外性器異常、消化器症状(胃食道逆流、イレウス、空気嚥下症、便秘症、嘔吐症など)が本症候群を疑う契機となります。Brilliant Cresyl Blue染色によるHbHの検出は最も感度が高い方法ですが、検出されても末梢血の赤血球中の1%未満しか検出されない場合もあり、また、 2割の患者では検出されないので、HbH陰性は、本症候群の否定にはならないことに注意が必要です。赤血球数、Hb値、Ht値は参考にはなりません。今後、患者さんの網羅的な遺伝学的解析により、非典型的な症例(例えば、外性器異常のみを示す症例など)でATRX遺伝子変異が検出される可能性があります。

治療

対症療法が中心となります。 胃食道逆流に対しては、手術を考慮する必要がありますが、一般の重症心身障害児者における胃食道逆流とは異なる病態が関与している可能性があり、経験のある専門病院で精査の上、手術適応を検討する必要があります。 嚥下困難な場合、栄養状態が良好でない場合、経管栄養、胃瘻などによる栄養を考慮する必要があります。 てんかんに関しては、抗てんかん薬を投与します。 研究レベルではありますが、γアミノレブリン酸が症状改善薬として期待されます。

予後

大きな合併症がなければ、生命予後は悪くないと考えられます。消化器系の合併症(胃食道逆流、イレウス、嘔吐や便秘、空気嚥下など)や栄養状態の管理が重要です。

成人期以降の注意点

成人期以降の詳細なデータはありません。消化器系の管理や栄養の管理が大切です。感染などをきっかけにしたイレウス症状や腎不全による急変が経験されています。また、小児期からの先天性心奇形は、無症状であっても、成人期も引き続き定期的に検診を受けることが必要です。

参考文献

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:バージョン1.0
更新日
:2018年1月31日
文責
:日本小児神経学会