概念・定義(Introduction)
小児の腎原発悪性腫瘍で最も多いのは腎芽腫(Wilms腫瘍)で75%を占める。小児悪性固形腫瘍では神経芽腫瘍に次いで発生頻度が高く、本邦では日本小児外科学会悪性腫瘍委員会の集計にて毎年約50例が登録されており年間発生頻度は約100例と推察される。他の固形腫瘍と同様、多施設共同研究による集学的治療の進歩により、治療成績は向上し、腎芽腫全体の治療成績は5年生存率で90%近くまで向上しているが、anaplasiaを有する腎芽腫や腎ラブドイド腫瘍(Rhabdoid tumor of the kidney, RTK)、腎明細胞肉腫(Clear cell sarcoma of the kidney, CCSK)など、いわゆる悪性の組織型(unfavorable histology; UH)に属するものの中には極めて予後不良の症例もある。従って、治療を行うにあたっては、病理診断が非常に重要な一を占める。腎芽腫の約5%が両側性に発生するが、両側性腫瘍ではいかに腎機能を温存して治癒せしめるかが問題となる。
疫学 Epidemiology
小児腎腫瘍の発生率は米国の統計では約1万人に1人とされ、本邦では年間100例前後が発症していると推測されている。大阪府の地域がん登録からの推計では、小児腎腫瘍は小児がん全体の3.9%を占め、年間発生数は全国で85例と算出されている。日本小児外科学会悪性腫瘍委員会や、日本ウィルムス腫瘍研究グループ(Japan Wilms Tumor Study Group: JWiTS)には年間約50例が登録される。組織型の内訳はJWiTSの統計では、腎芽腫が75%、RTKが9%、CCSKが7%、その他(腎細胞癌など)が9%である。
病因(Pathogenesis)
腎芽腫の発生要因は明らかにはされていないが、前癌病変として腎芽腫症(nephroblastomatosis)知られている。これは造腎組織遺残Nephrogenic rest(以下NR)とも呼ばれるように、胎児期の腎組織類似の構造が巣状に腎組織内に遺残したもので、腎芽腫にて摘出した検体の正常腎部分にしばしば認められる。腎葉辺縁にみられ、境界明瞭な辺葉性NR(perilobar NR)と、腎葉深部に存在する辺縁不明瞭な内葉性NR (intralobar NR)に分類される。NRは通常の化学療法に反応して縮小、消失が期待できる。
尿道下裂、停留精巣など泌尿生殖器系の奇形や、無虹彩、半身肥大、巨舌などを合併する症例が散見され、また約1%に家族内発生が見られる。腎芽腫を多発する症候群も知られており、その代表的なものとしてWAGR症候群(Wilms tumor, Aniridia, Genitourinary malformations, mental Retardation)、Denys-Drash症候群(性分化異常、糸球体腎炎)、Beckwith-Wiedemann症候群(巨舌、臍異常、過成長、片側肥大、低血糖)がある。
腎芽腫の発生に関連する遺伝子としては、11p13に位置するWT1遺伝子が有名である。無虹彩症やDenys-Drash症候群などに伴う腎芽腫、両側性腎芽腫では高頻度にWT1遺伝子異常が検出されるが、孤発性の腎芽腫での変異の頻度は15%程度である。その他の遺伝子異常として1pと16qのLoss of heterogeneity(LOH)、IGF-2遺伝子のloss of imprinting(LOI)、β-catenin遺伝子の変異などが知られている。Beckwith-Widerman症候群で高率にWilms腫瘍が発症する原因として、11p15に位置するIGF-2遺伝子の異常との関連が示唆されている。
症状 Clinical manifestations
腫瘍がかなり大きくなるまで無症状であるため、腹部膨満や腹部腫瘤にて初発することが多い。典型的には側腹部に可動性不良の弾性硬、表面平滑な圧痛を伴わない腫瘤を触知する。その他、腫瘍に伴う、腹痛、発熱、便秘、下痢、食思不振などの症状を呈する。腎盂に近い部分に発生した場合は肉眼的血尿にて発症することがあるが、その頻度は10%程度である。また、腫瘍が腎血管を圧迫して、腎血管性の高血圧症を発症することがある。
診断 Diagnosis
① 画像診断
超音波、CT、MRIなどの一般的な画像診断が行われる。PETは腫瘍に陽性を示すことが多いため、転移のスクリーニングや治療後の残存病変の評価に有用である。
画像診断のポイントとしては、腫瘍の大きさや位置だけではなく、静脈内塞栓の有無、対側病変の有無を評価することが重要である。転移部位としては肺が最も多いため、初診時に必ず胸部CTをチェックする必要がある。またRTKは脳腫瘍と合併することがあるため、頭部CTも併せて行う必要があり、CCSKは骨に転移することが多いため、骨シンチグラフィーなどの検索が必要となる。
② 血液検査、腫瘍マーカー
腎芽腫に特異的な腫瘍マーカーは無いが、大きな腫瘍ではLDHが上昇する。また、NSEが中等度上昇し、神経芽腫都の鑑別が問題になることがある。高血圧を伴う例では血中レニン活性が上昇する。
③ 鑑別診断
腎芽腫と鑑別すべき主な疾患として、腎内の病変としては嚢胞性腎症(cystic nephroma)、先天性間葉芽腎腫(Congenital mesoblastic nephroma, CMN)、腎明細胞肉腫、腎ラブドイド腫瘍、腎細胞癌(renal cell carcinoma, RCC)等がある。また腎外病変も鑑別の対象となり、神経芽腫、奇形腫、副腎出血、横紋筋肉腫、等が鑑別対象に成り得る。腎外病変のうち常に鑑別診断に上がるのが神経芽腫であるが、尿中VMA、HVAやMIBGシンチなどで鑑別可能である事が多い。腎内病変のほとんどは病理組織検査で最終診断される。
④ 病期診断
現在では米国Children’s Oncology Group (COG)の病期分類が世界的に最もよく使われている。概要は以下のとおりである。
病期 1:腎に限局しており、完全摘除されている。 病期2:腫瘍は腎被膜を越えて進展しているが、完全に摘除されている。病期3:腫瘍が腹部の範囲で遺残している。病期4:肺、肝、骨、脳などへの血行転移を認める。または腹部・骨盤以外のリンパ節に転移を認める。病期5:初診時に両側腎に腫瘍を認める。この場合、左右それぞれの腫瘍について、上記判定基準に基づいて局所病期(1~3)を決定する。
治療
米国National Wilms Tumor Study Group(NWTS)(現COG)の治療方針では、最初に腎臓とともに腎腫瘍の完全摘出を行い、手術所見から得られた正確な病期分類と病理組織所見をもとに、その後化学療法、放射線療法を施行する。一方ヨーロッパ諸国を中心としたInternational Society of Pediatric Oncology (SIOP)では腫瘍摘出前にまず化学療法を行い、腫瘍の縮小を図った後に腫瘍を摘出し、術後リスク分類に応じて化学療法、放射線療法を追加することを治療戦略としている。いずれの治療方針でも、Favorable histology(FH)の腎芽腫で90%近い生存率が得られ、遜色ない治療成績が得られている。SIOPの治療方針では化学療法により腫瘍が縮小させてから手術を行うため、手術のリスクが軽減され、またダウンステージにより術後の治療が軽減される可能性がある。しかし、腫瘍の局所進展範囲を正確に把握する前に術前化学療法を開始するため初診時の病期診断が不正確になる、重要な予後因子が検索不能になるなどのデメリットも指摘されている。また、化学療法を施行した後、摘出したら良性腫瘍であったという症例が数%含まれるとされる。本邦では、病理診断が確定しない状況で化学療法を開始するSIOPの治療方針になじめない施設が多いため、米国の治療方針で治療されることが多く、JWiTSも米国の治療方針に従ったプロトコールにより多施設共同治療研究を行っている。化学療法のプロトコールは弱い治療から強い治療まで順にRegimenEE-4A, DD-4A, I, RTKの4種類が用意されている。低リスクの症例ではアクチノマイシンD(AMD)とビンクリスチン(VCR)の2剤を使用した化学療法EE-4Aを18週行うが、リスクが高くなるとこれにドキソルビシン(DOX)を加えた3剤併用の化学療法DD-4Aを24週行う。またUH症例に対しては、さらに強化した化学療法が行われる。
予後
米国のNWTSやヨーロッパを中心としたSIOPにおいて大規模な多施設共同研究が行われた結果、小児腎腫瘍の治療成績はNWTS-3 (1979-1985)終了時点で2年生存率90%と著しく向上した。現在でもさらなる治療成績の向上や、低リスク患者での治療による晩期障害の軽減のために、リスクに応じた新しい治療研究が行われている。わが国では1996年よりJWiTSが開始され、小児腎腫瘍の治療成績は欧米の遜色無いレベルまで向上した。JWiTS-1 の臨床試験では1996年度以降2005年までにJWiTSに登録された腎芽腫症例5年生存率は91.1%、5年無再発生存率82.0 %と良好であり、病期別でみると、病期IからVまで の5年生存率はそれぞれ、I 90.5 % , II 92.2%, III 90.9%, IV 86.7%、V 78.7 %であった。腎芽腫以外では、CCSK、RTKの5年生存率がそれぞれ74.5 %、22.2 %、5年無再発生存率がそれぞれ72.9 %、16.7 %であり、RTKは他の腫瘍に比してきわめて予後不良であった。
予後不良(unfavorable histology; UH)症例の治療
組織型でanaplastic histology, CCSK, RTK は予後不良(UH)であることが明らかとなり、通常の予後良好の組織型(FH)と異なった治療法が行なわれる。
① 腎芽腫不全型(Anaplastic histology)の治療
核が大型で著明なクロマチン像、異常な分裂像を呈するもので、腎芽腫の約5%を占める。NWTS 3-4では、anaplasiaを呈する部分が限局しているfocal anaplasiaではRegimen DD(AMD, VCR, DOX)+RTにて4年RFSが80%と良好になった。一方、腎外あるいは複数のanaplasiaを認めるdiffuse anaplasiaではregimen DDにサイクロフォスファマイド(CPM)を加えることにより4年RFSが54.8%と改善したが、依然予後不良である。NWTS 5では治療が強化され、Stage Iはregimen EE-4A, Stage II-IVはregimen I(VCR, ADR, etoposide, CPM)が試みられている。
② CCSKの治療
CCSKは小児腎腫瘍の約4%を占める悪性度の高い腫瘍で、男児に多く、2歳以上の年長児に多い。特に骨への転移をきたしやすく、疑診例に対しては全身骨の単純写真や骨シンチが必要である。病理組織診断では腫瘍細胞を毛細血管網(firovascular network)が取り囲む像が診断の決め手となる。NWTS-3にてVCR, AMDにDOXを加えることで2年RFSは68%にまで改善している。NWTS-5ではregimen Iによる治療が行われている。再発までの期間が長いことが知られており、長期の経過観察が必要である。
③ RTKの治療
RTKは男児の多く、3歳以下の乳幼児に多く見られる。小児腎腫瘍の約2.5%を占め、その予後は極めて不良である。また、PNETなどの中枢神経腫瘍の合併が10%に見られるため、頭部CTまたはMRI検査が必須である。肉眼的には普通のWilms腫瘍と似ているが、広汎な出血、壊死を伴うことが多い。組織学的にはowl-eyeふくろうの目、と形容される巨大単一核小体を有する核と、エオジン好性の細胞質内硝子様封入体が特徴的である。RTKに対する有効な治療法は確立されておらず、NWTS-3での4年無病生存率は23.1%と極めて不良であった。JWiTSでは、さらに強力なプロトコールを作成中である。
両側性症例の治療方針
両側性腎芽腫の5年生存率は約80%と生命予後は良好であるが、JWiTSの両側例31例での検討では両側ともに腎温存手術(nephron-sparing surgery)が施行できたのは10例に過ぎず、多くの症例が少なくとも1側の腎を全摘されいた。その結果、術後遠隔期に腎障害をきたす症例が少なからず認められ、腎不全に陥って透析や腎移植を受けている患者も存在した。今後はいかに腎機能を温存して根治を得るかが課題であり、JWiTSでは以下の方針にて新しいプロトコールを作成中である。
① すべての症例で化学療法優先し、腫瘍の縮小を図る
② UHはほとんど無いので、生検せずに化学療法を開始する
③ 中央画像評価システムを構築し、6週目と12週目に画像評価を行う。
④ 外科手術ガイドラインを作成し、両側の腎機能温存を目指した摘出術(nephron-sparing surgery)を行う。
また、両側性腎芽腫でWT1遺伝子変異が78%と高率に認められたことから、正常細胞も含めたWT1遺伝子異常に関する研究を同時に行う予定である。
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- 版
- :バージョン1.0
- 更新日
- :2014年10月1日
- 文責
- :日本小児血液・がん学会